『カタツムリ 走る!』
N(えぬ)
一話完結 慌てて走り出したカタツムリは……
ある家の木の塀にカタツムリが縮こまって休んでいた。彼らはふだんからのんびりゆっくりと移動してはいるが、それには彼らなりの理由があるのに違いなかった。だからこそ休息が必要なのだろう。
木の塀の持ち主である男はこの家の持ち主でもあったのだが、庭の片付けのふとした最中に塀にへばり付いているカタツムリを見つけて言った。
「おい、カタツムリ。俺はお前が大嫌なんだ。そんなところでじっとしていると踏み潰してしまうぞ。すぐにやらないのは俺からの情けだ。さっさとどこかへいけ。次に見つけたときは容赦しないからな!」
塀の持ち主の男がそう毒づくと、カタツムリは二本の角を一杯に立て、慌てて両手を出し、殻の周りに広がるドレスの裾をヒョイとつまみ上げると、ニュっと二本の足を出して一目散に走り出した。それを見て男は腹を抱えて笑った。
*
塀の持ち主の男はある日、街の酒場で、隣家に住んでいる同じ年格好の男にそのときのカタツムリの話をして、また笑った。すると話を聞いた隣家の男は驚きの表情を浮かべて言った。
「ああ、少し前、うちの家の窓辺に足をくじいて動けなくなっているカタツムリがいたのは、あんたがカタツムリを急かして走らせたせいだったんだな。動けないのが可哀相だと思って俺は爪楊枝を一本、カタツムリにくれてやったんだ。そうしたらカタツムリは、楊枝を松葉杖代わりに器用に使って歩いて行ったんだ」
その話を聞くとカタツムリを追い払って走らせた男が驚いた顔をした。
「それでなんなとなく全て理解できた。おまえつい先日、嫁をもらったよな。街を歩いていて、曲がり角で出会い頭に胸に飛び込んできた娘がいて、その娘がピッタリ寄り添ったまま離れられないって言うもんで……って。そういうことだったのか……!」
『カタツムリ 走る!』 N(えぬ) @enu2020
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます