『カタツムリ 走る!』

N(えぬ)

一話完結 慌てて走り出したカタツムリは……

 ある家の木の塀にカタツムリが縮こまって休んでいた。彼らはふだんからのんびりゆっくりと移動してはいるが、それには彼らなりの理由があるのに違いなかった。だからこそ休息が必要なのだろう。

 木の塀の持ち主である男はこの家の持ち主でもあったのだが、庭の片付けのふとした最中に塀にへばり付いているカタツムリを見つけて言った。


「おい、カタツムリ。俺はお前が大嫌なんだ。そんなところでじっとしていると踏み潰してしまうぞ。すぐにやらないのは俺からの情けだ。さっさとどこかへいけ。次に見つけたときは容赦しないからな!」


 塀の持ち主の男がそう毒づくと、カタツムリは二本の角を一杯に立て、慌てて両手を出し、殻の周りに広がるドレスの裾をヒョイとつまみ上げると、ニュっと二本の足を出して一目散に走り出した。それを見て男は腹を抱えて笑った。



 塀の持ち主の男はある日、街の酒場で、隣家に住んでいる同じ年格好の男にそのときのカタツムリの話をして、また笑った。すると話を聞いた隣家の男は驚きの表情を浮かべて言った。


「ああ、少し前、うちの家の窓辺に足をくじいて動けなくなっているカタツムリがいたのは、あんたがカタツムリを急かして走らせたせいだったんだな。動けないのが可哀相だと思って俺は爪楊枝を一本、カタツムリにくれてやったんだ。そうしたらカタツムリは、楊枝を松葉杖代わりに器用に使って歩いて行ったんだ」


 その話を聞くとカタツムリを追い払って走らせた男が驚いた顔をした。


「それでなんなとなく全て理解できた。おまえつい先日、嫁をもらったよな。街を歩いていて、曲がり角で出会い頭に胸に飛び込んできた娘がいて、その娘がピッタリ寄り添ったまま離れられないって言うもんで……って。そういうことだったのか……!」

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