第13話

 まじめの言葉に、他の猫は一斉に驚いて俺を凝視ぎょうししてきた。もちろん、ウミもだ。

『えっ⁉どういうこと⁇』

 太っちょが大声で叫ぶと、まじめはしーっと言って太っちょを黙らせた。

『彼の魂は、うつわからあふれ出そうになっています。ゆらゆらと揺れているところから、魂と器が合っていないのだと予想されます』

 そう言うと、まじめは俺のそばに寄ってきて、俺の顔をまじまじと見つめてきた。

『このままだと、彼は器から魂が溢れ出て死んでしまうでしょう』

『はぁ⁉そんなの俺には見えないよ⁉』

 のっぽがそう言うと、他の猫達は次々に俺も見えないのだと口に出した。その言葉を聞いて、まじめは悲しそうな表情を浮かべて彼らの方へ顔を向けたのだ。

『そうだね。君達にはまだ見えないんです。いずれ……見えるようになると思うから……』


 猫達は静まり返った。その姿を見た後、まじめは俺の顔を再度見つめてきたのだ。

『早くしないと、二人とも死んでしまうよ。早く、元の身体に戻りな⁇』

 まじめは俺をさとすように、説得してきた。

『えっと……戻りたくても、身体が見つからなくて……』

『君はもう、近づいている。だから、早く戻りなさい』

 まじめの言葉を聞いても、俺はまだわからないのだ。月海は俺の身体の在りを知っていそうだ。だが、怒らせてしまっているので教えてもらいえない。

 学校に行っても、クラスが違うのか友人を見つけることができなかった。それなのに、どうやって俺は自分を見つけることができるのだろうか。

『私達のことは気にしなくて大丈夫です。もともと住む世界が違うのですから』

 そう言うと、まじめはにこりと笑った。周りの猫は不思議そうな顔をしながら、俺を見つめていた。ウミは……じっと俺の顔を見つめているだけだった。

『そうだよな……ごめん』

 俺はうつむいた。人間と猫の世界は違う。俺が好き勝手しては猫達は困ってしまうのだろう。

『……ウミ、一つだけお願いがあるんだけど……』

 そう言って、俺はウミに視線を向けた。ウミは俺をじっと見つめたまま、ゆっくりと歩いてきた。俺の前まで来ると座ったのだ。

『えっと……ウミ⁇』

『……』

 俺が声をかけても、ウミは黙ったままじっと俺を見つめているだけだった。俺は頬を手の甲でいた。

『お願いがあるんだけど……』

『……嘘つき』

『えっ⁇』

 ウミは徐々に目をうるませながら、身体を小さくちぢめていくのだ。

『むかえにきてくれるって……言ったじゃん』

『……』

『ウミのことはどうでもいいの⁇ウミなんてわすれたの⁇』

 泣き出してしまったウミをなだめようとするが、ウミは俺の声すら聞こえないようだ。助けを求めようと猫達に視線を送るが、視線をらすだけだった。

『あぁっ、ごめん!!ごめんよ、ウミ!!まだ数日しか経ってないから、そんな待たせてないよな⁇』

 その言葉に、ウミはさらに大きな声で泣き始めてしまった。火に油を注いでしまった俺は、猫達の痛いほどの冷たい視線に刺されながら、ウミに謝り続けるしかなかった。


 ウミが泣き止むまで待っていたら、お昼を過ぎてしまった。最初は大泣きしていたウミだが、今はだいぶ落ち着いたようだ。

『……ぐすっ』

『ウミ……落ち着いた⁇』

 そう言うと、ウミは俺を睨みながらもうなずいた。未だに冷たい視線を感じるが、気にしてもしょうがない。

『ごめん……待たせてごめんな』

 ウミの頭に手を乗せると、ウミはスッと避けたのだ。少しショックを受けつつ手を地面に戻したのだ。娘を持つ父親はこんな気持ちなんだろうかと、心がずっしりと重くなった。

『……で⁇ウミに何をしてほしいの⁇』

『……うん。ウミにさ、友達になってほしいやつがいるんだ』

 そう言うと、ウミはきょとんとした顔で頭をかしげた。

『ちょっとついて来てくれるか⁇』

『うん……』

 そう言うと、ウミは俺の横にくっついてきた。俺はウミの頭に顔を押し付けて、撫でるように頭をぐりぐりと押し付けた。すると、ウミはふふっと笑ったのだ。

『なぁ、ちょっとだけウミを連れてくけど、お前らも来るか⁇』

 そう言うと、猫達はゆっくりと俺に近づいてきた。

『そうだな、お前が人間だろうが関係ない』

『俺達のウミをいじめるんだったら許さないからな』

『人間だってボコボコにしてやるからよ!!』

 三匹は鼻息荒く、俺を睨んできた。少しの間に、ウミと仲良くなったようだ。その後ろで微笑むようにまじめが俺達を見ていた。

『よし!!じゃあ、俺について来てくれ!!』

 そう言うと、俺はある場所に向けて走り出した。


 朝とは異なり、昼過ぎは多くの人が通り過ぎる。そんな公園の中を、俺達は列を組んで歩いていた。

 噴水の前まで来た俺は、辺りを見渡していた。


(まだ来ていないか……)


 俺達は円を描くように、噴水の前に座った。

『ねぇ、ここで何するの⁇』

 ウミは俺の顔を見ながら、疑問をぶつけてきた。そりゃあそうか。友達になってほしいやつがいると言って連れてきたのに、着いてもその相手がいないから。

『もうじき来ると思う。だから、それまでちょっと待ってな』

『……うん』

 そう言うと、ウミは地面に沈むように座った。俺も同じように伸びながら座ると、他の猫も真似してきた。


「……ねこさーん!!」

 その声に、俺は目を覚ました。どうやら、待っている間に眠ってしまったようだ。顔を上げた途端、身体が宙に浮いたのだ。

「まっててくれたのー⁉うれしー!!」

 そう言いながら、俺をギュッと抱きしめてきた。

『ぐぇっ⁉苦しいーやめーぃ!!』

 俺が激しく暴れて、つかまれた腕から離れた。思っていた通り、帰りもここを通るようだ。俺は地面に着地をすると、上を向いた。剣が驚いた顔で俺を見ていた。

「あっ……ごめんね」

 しょぼんとした顔で謝ってくる剣に焦った俺だが、ウミに声をかけて起こしたのだ。

『ウミ、言ってた友達になってほしいやつ……剣って言う名前なんだ』

『……人間⁇』

 嫌そうな顔をして、剣を見るウミの頭をポンポンと触りながら、俺は言った。

『うん。剣は友達が欲しいって言ってたんだ。俺は無理だけど……ウミならどうかなって思って……』

 そう言うと俺は、ウミの顔を見つめた。少し悩んだ顔をしていたが、俺の顔に視線を向けてきた。

『もし、ウミがこの人間……剣と仲良くしたら、ミカゲはウミのところに来てくれる⁇』

 じっと真剣な目で俺を見つめてくるウミに対して、俺は深く頷いた。

『あぁ。俺が人間に戻っても、絶対に会いに行くから』

 そう言うと、ウミは俺の胸の中に、抱き着くようにくっついてきた。そして、剣の方へ歩いて行ったのだ。

「えっ⁇子猫さん……⁇」

 剣の言葉に、ウミはにゃーと大きな声を出した。他の猫達もその様子をじっと見ていた。

「……もしかして、ねこさんがつれてきてくれたの⁇……ぼくのために⁇」

 剣の言葉に俺も返事をして、頷いたのだ。すると、剣は涙をぽろぽろと流しながら、笑ったのだ。

「ありがとう!!ぼくのおともだち!!きょうからよろしくね!!」

 そう言って剣はウミをギュッと抱きしめたのだ。

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