第12話

「ったく、お前なぁ⁇がきんちょの頃からサボりなんてやってたら、ロクな大人になんねぇぞ⁇」

 小さい男はそう言いながら、傘を差してゆっくりと俺達に近づいてきた。こいつが男の子の兄ちゃんなのか。確か、さっき男の子は剣って呼ばれていた。この男の子の名前は、剣と言うのか。

「……いきたくないの」

 剣は俺をギュッと抱きしめながら、プルプルと震えていた。もしかして、剣は学校で嫌なことでもあったのだろうか。

「あぁっ⁇前にも言っただろ⁇ムカつくヤツが居たら、ぶっ飛ばせ。つえぇヤツが居たら、ゴマすっとけって」

 なんてことを弟に言うんだと俺は思ったが、剣の兄ちゃんはそうやって生きてきたのだろう。処世術しょせいじゅつと言うやつか。

「わかるか⁇剣、こういうのをって言うんだぜ⁇」

 ……誰かを助けるつもりなのかどうかは知らんが、剣の兄ちゃんは俺より頭が悪いと言うことだけはわかった。中学生より頭の悪い高校生ってなんだかな……

「……」

 剣は黙り込んだまま、しゃべらなくなってしまった。目には大粒の涙をめている。

「おいおーい⁇これじゃ俺がいじめてるみたいじゃーん。ほれ、さっさと……」

 剣の兄ちゃんは剣の目の前にしゃがみ込んだ途端、俺と目が合った。

「んっ……こいつ」

 剣の兄ちゃんは俺をじっと見つめてきた。昨日の猫だってバレたのだろうか。

「昨日も黒い猫がいたわな。ここら辺って黒猫しかいないんかね⁇」

 まぁ、猫好きだったら気づいたかもしれん。それか剣の兄ちゃんが馬鹿だから気づかなかったのかもしれない。

「兄ちゃん……このこ、うちでかっちゃダメ⁇」

「ダメ」

 剣の言葉に対して、剣の兄ちゃんは即答で否定した。少しくらい悩んでやってもいいじゃないか。剣はさらに目をうるませていた。

「……なんで⁇」

「だって動物なんて飼ったら、俺も世話しなきゃなんねぇもん。自分の世話で手一杯なわけ。剣だってできねぇだろ⁇」

 剣の兄ちゃんは、手をへっへっと外に払うようなジェスチャーをした。確かにコイツは自分の世話だけでも大変そうな気がする。

 剣はその言葉にこらえきれなくなったのか、涙をぽろぽろと流し始めた。

「わぁぁぁぁぁぁっ!!!!泣くな泣くな!!泣くんじゃねぇ!!」

 剣の兄ちゃんは、あわてて剣をあやそうとしていたが、もう時すでに遅しのようだ。

「にぃちゃんの、いじわるぅ……うわぁぁぁぁぁぁぁんっ!!!!」

 剣は大声で泣き出してしまった。その声が聞こえたのかどうかはわからないが、玄関の扉が開いた。

「ちょっと、仁⁇あんたまだそこにいんの⁇」

 茶髪のポニーテールの女性が出てきた。剣の兄ちゃんはやっべっと小さくつぶやいた。その女性は、剣の兄ちゃんを見た後、剣の方に視線を移した。

「んっ⁇剣⁇……仁……あんたまさか、剣を待たせてたの⁇」

「ちっちげぇよ!!母ちゃん!!玄関にまだ剣が居たんだよ⁉マジで!!!!」

 剣の兄ちゃんは立ち上がった。母ちゃんと呼んでいるので、この人は剣と剣の兄ちゃんの母親なのだろう。剣の兄ちゃんは母親に近づいていき、落ち着かせようとしていた。これが剣の兄ちゃんの言う、処世術なのだろう。

「あんたねぇ!!あんたは遅刻しようがサボろうが自己責任だけど、剣が遅刻したらだれが責任取るのよ!!!!」

「いでででっ!!⁇いてぇよ母ちゃん!!!!」

 剣の兄ちゃんは母親に耳を引っ張られながら、怒鳴られていた。剣はそんな状況でもお構いなしに大泣きしていた。

「ほら!!まだ間に合うんだから、ちゃっちゃと連れて行きなさい!!!!」

「はぁっ⁇それだと俺が遅刻すんじゃん!!!!」

 その言葉を聞いた途端、母親は剣の兄ちゃんの頭に拳骨げんこつらわした。そして、ちゃっちゃと行ったと言って、家の中へ戻って行った。

「……いっっってぇぇぇっ!!!!」

 涙目になりながら、剣の兄ちゃんは俺達の方に戻ってきた。そして、剣の腕にいる俺をひょいっとつまんで下ろした。

「あっねこさん!!」

 そう言って俺に近づこうとする剣をひょいっとかついだ。まるで米俵のような扱いだ。

「ったく、なんて理不尽な……剣!!全速力で行くぞー!!!!」

 そう言って、二人は勢いよく走って行った。俺は口をぽかんと開けた状態で、立ち尽くしていた。


『……さて、俺も行くか』

 少しその場に立ち尽くしてしまったが、とりあえず行先は決まった。俺はゆっくりと商店街の方を目指して、歩き始めた。


 この前はお昼時だったので、道の混み具合はひどかったが、朝方だとそんなに混んでいないようだ。俺はゆっくりと商店街の道を歩いている。

 魚屋のおばさんはまたお客さんと話をしているので、この間のように魚を狙われたら取られてしまいそうだ。だが、今日はここにウミはいないようだ。

 ゆっくりと商店街を通り過ぎ、ウミを追い詰めた場所、空き地にやってきたのだ。そこにはリーダー猫の取り巻きの猫達とウミが居た。

『……あっ!!』

 ウミが俺に気付くと、俺の方に駆け寄ってきた。勢いよく俺にくっついて、顔を押し付けてくる。

『ねぇー、どこに行ってたの⁇』

 俺はウミの頭をポンポンと叩いて、リーダー猫達の取り巻きの方を見た。

『よぉ、あんた。元気だったか⁇』

 確か、ウミに餌を奪われた猫か。まるまると太っている茶トラの猫だ。俺は猫らに頭を下げて挨拶をした。

『あぁ。この間はどうも』

 そう言うと、猫達は俺の前に並んだ。

『俺は太っちょって呼ばれてるんだ。のんびりするのが好きで、いつもここら辺で日向ぼっこしてる』

 そう言うと、太っちょは隣の猫に、視線をやった。隣の猫は、たしかウミが勝手に家に入って日向ぼっこしてたやつだ。サバトラの猫だ。

『俺はのっぽ。俺も太っちょとよく日向ぼっこしてる』

 そう言うと、のっぽは隣の猫に、視線をやった。隣の猫はウミがもよおしちまった家の猫、キジ白の猫だ。

『俺はあばれんぼ。冒険が好きで、いろんなところを歩き回ってる。ちょくちょく犬と喧嘩してるから、俺を見かけても声かけんほうが身のためだぜ⁇』

 あばれんぼはニヤリと笑った。そして、最後の猫に視線を送った。その猫はこの前もいた気がするが、覚えていない。ウミが何かをやらかしたってわけではないだろう。灰色の毛並みが綺麗な猫だ。

『私はまじめって言われます。リーダー猫がいないときは私がこの子達に指示をして、町のパトロールを行っています』

 そう言うと、にこりと笑った。まじめは名前通り、真面目そうで優しそうだ。この間もこの猫が仲裁してくれたら、大騒ぎしなくて済んだだろうに……リーダー猫がいるときは何もしないのだろうか。

『君は……人間、だよね⁇』

 そう言うと、まじめは俺をじっと見つめてきた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る