伯爵夫人に愛をこめて ~サフィレットは永遠に~

欠け月

第1話 『伯爵夫人に愛をこめて』 ~サフィレットは永遠に~ 

(オークション会場にて、オークショニアの声が響く)


 続いては、ロットナンバー 8のA

ロブマイヤー社製伯爵夫人のアンティークサフィレット装飾品 

100万から参ります。

100万 150万 200万 220万

如何ですか、220万です。

はい、そちら500万ですね。 500万 560万

もうありませんか。他の方は、宜しいですか。

560万 さ、600万が出ました。 現在600万ですが、いかがですか?

おっと、700万 700万が出ました。 他にいらっしゃいませんか?

そちらの方、1000万 さぁ、もうありませんか。 あーと、2000万 2000万が出ました。

2000万です。 もういらっしゃいませんか? 

いらっしゃらないようですね。 

2000万で落札です。


(落札を知らせる小槌の音)



 配役 (レベッカ;翠麟) (ザラ:ジゼル)


レベッカ「思ったより、高めについたんじゃない?」


ザラ「まあ、敵はどうしても落としたかったわけだから、一気に値を引き上げて競りに、ケリをつけたかったでしょうね。確かに予想以上に早い落札だったわ。焦りが値を釣り上げたってわけよ。登録はサフィレットの装飾品となっているけど、イヤリングの片方のみだと、バイヤーは承知している。ただ、そのイヤリングにまつわる物語までは、確認できていないから、2000万円は予想外の値段だと思ったでしょうね」


レベッカ「取引としては、悪くないわね」


ザラ「ふふふ。悪くはないけど、これだけで満足するつもりは無いわ」


レベッカ「欲張り! だから信頼してるんだけど」


ザラ「ありがとう。 あのサフィレットが、クーデンホーフ=カレルギー光子、つまり、伯爵夫人光子への秘めたる愛の告白の証、となれば、意味が違ってくるでしょ?」


レベッカ「そうよね。でも、私は全然知らなかったわ。レディ光子については」


ザラ「まあ、私たちにとってはまるで御伽噺の中のお姫様みたいなものよね。ハンガリー帝国貴族なんて、あまりにも存在が遠すぎて見当もつかないわ。

殆どのバイヤーは、出品されたイヤリングが伯爵夫人、つまりレディ光子の物だったとは、思っていないわ。文献も証拠もないから。

ただ、収められていたジュエリーボックスに、リーベグレフェン つまり、親愛なる伯爵夫人と刻まれていたから、ゴッシップ好きの好奇心を大いに刺激したわけ」


レベッカ「でもさ、伯爵夫人って言ったって、当時は沢山いたでしょうからね」


ザラ「そうね。現時点では、このイヤリングに関する情報は、表に出てきていないから、イヤリングの歴史や出典は謎に包まれたままなのよね。手がかりは、銀の細工にアレクサンダーシュトルムの刻印がなされていて、サフィレットは1900年代初頭に製造されたものである。ガラスに光を当てるとロブマイヤーのロゴが浮かび上がるという、手の込みよう。クリスタル製品で有名なロブマイヤー社はハプスブルク家の皇室御用達だから、チェコで発展し当時人気だったとはいえ、サフィレットをわざわざ作るなんて、非常に珍しいわ。今となればそれだけで十分価値がある。

ハプスブルク家は光子が嫁いだクーデンホーフ家にとっては、主君に当たるわけよね。ロブマイヤーのグラスセットNO.104はミツコと命名されているくらい愛用され馴染みが深い。 だから、最初は夫のハインリヒ伯爵が妻に贈る為に、作らせたのかと推測したのよ。 ロブマイヤーが畑違いのサフィレットを作らされるなんて、異例の注文だったはずだから。

余程の上得意でもなければ、引き受けないでしょう? それで、ロブマイヤー社の注文と納品リスト、両方を確認すると注文が1906年6月初旬、納品は同年、7月中旬となっているの」 


レベッカ「1906年の5月14日にハインリヒ伯爵は心臓発作で急逝してるから、明らかに伯爵からの注文ではない」


ザラ「そう。ロブマイヤーは、顧客の個人情報は公開しないから、誰からの注文かは分からないけれど、候補者の中から、伯爵の名は外されたわけ」


レベッカ「ミステリアスなストーリーが、更にサフィレットを輝かせるわけか」


ザラ「サフィレット自体も、製造方法が不明な為、100年以上作られていないから、市場に出回る数は決まっている。それぞれのバックグラウンドが魅力的な演出を加えて、希少価値を高めてくれたの」


レベッカ「何故か、サフィレットは日本での人気が高く、市場での取引は世界一多い。そこが、今回のオークションでの出品の信頼とも繋がったのよね」


ザラ「ふふふ。敵さん、相当色めきだったでしょうね。紛失したイヤリングの片方が、まさかオークションに出てこようとは。それで、是が非でも落札しなければならなかった」


(ザラの説明台詞)


 話は、 6ヶ月前に遡る。 


私達は、当時ハプスブルク家のエリザベートにまつわる、ある書簡のありかを探っていた。

それは、エリザベートが「精神上の愛人」とまで慕っていた、ハインリヒ・ハイネに宛てた書簡があるらしいと、その存在を巡って噂が立ち始めていたのだ。

私のパートナーの1人、レベッカが骨董品のバイヤーや金を持て余している好事家達が集まるパーティに潜入し、情報収集中に聞きつけてきたのが、今回出品した伯爵夫人のサフィレットである。


 青山みつこと、後に伯爵夫人となるクーデンホーフ光子は、1874年、東京牛込に生まれる。オーストリアから東京に赴任してきたクーデンホーフ伯爵に見初められ、小間使いとして大使館に奉公するようになるが、恋に落ちた2人は日本で初の国際結婚を果たす。光子、19歳の時である。一家はオーストリアに渡り、現チェコ共和国である、ボヘミアの城で暮らすようになり、伯爵夫人となった光子の波乱に満ちた人生が始まるのである。


 その光子に想いを寄せていた人物が、当時装飾品として人気のあったサフィレットのイヤリングを、ラブレターと一緒に贈ったらしい、と言うのだ。

歴史上表には一切出てこない、非常に個人的な書簡と、希少価値の高いガラス細工。 

早速、私たちは調査を開始してある人物まで辿り着いた。 その名は、マダム・エレノア。

 

 表向きには、富豪の未亡人となっているが、実体は明らかではない。中々正体を現さない謎の未亡人を炙り(あぶり)出そうと画策していた時に、タイミング良くターゲットの方が動き出したのだ。 どうも、急がざるを得ない状況に立たされたようだった。


 なんと、トレジャーハンテイングのサイトに、この未亡人が依頼人として、懸賞金を出そうとしていると言うのだ。紛失したサフィレットのイヤリングの片方を探して欲しい。見つけた人物には、10万ドルを支払う、というものだった。


 そこで、私たちが計画したのは、探しているもう片方のイヤリングを、競売にかけ、謎の未亡人に落札させるやり方だ。 勿論、紛失したイヤリングなど、そう簡単には見つかる訳がないから、競売にかけるイヤリングは、未亡人が持っているであろう、本物のイヤリングを使う。つまり、自分のイヤリングをそれとは知らずに、落札させるわけだ。


 その為には、当然彼女のお宝を盗まなくてはいけない。立てた計画は、こうだ。


 先ず、銀行の厳重な金庫に預けてあるという、イヤリングを一旦、警備が甘い自宅まで移動させる。これは、さほど難しくない。トレジャーハンティングに出す資料として、本物のイヤリングの写真が必要になるから、その為の写真撮影時を狙えば良い。

レベッカが撮影スタッフとして難なく潜り込んだ。

彼女が送って来た、イヤリングトレースのデータを、モデリングし、3Dプリンターで読み出す。 これで、コピーが出来上がる。

今度は、この偽物のイヤリングを本物と交換しなければならない。流石に金庫破りはリスクが大きすぎるし、スマートじゃないわ。 


 もっと簡単な方法があるの。もう一度金庫から家まで移動させればいいだけ。


  未亡人がトレジャーハンティングサイトに写真を提供して、閲覧可能になると、直ぐにロブマイヤー社から、と見せかけた、偽のメールを送りつけた。

貴殿が所有しておられる、ロブマイヤー社製とおぼしきサフィレットについて、弊社の記録との齟齬が生じていると思われる点が、確認できました。つきましては、大変お手数ではありますが、以下のような角度からの写真を、お見せいただけますでしょうか。


ま、おおよそこの様な内容である。


 これによって、もう一度、写真を撮る必要が出てくる。そこを狙って、私達が作ったコピーとすり替えたのだ。万事滞りなく進み、東京のオークションにロブマイヤー社製のサフィレットが出品されるらしいと噂を流し、今日の日を迎えたという訳だ。



レベッカ「それで、マダム・エレノアは、早速トレジャーハンティングのサイトから引き上げたわけよね」


ザラ「そう。オークションで手に入れたと思っているから、今日は夢心地でしょうね」


レベッカ「でもさ、自分用のコレクションじゃないでしょ?」


ザラ「そうよ。後ろには、大物のコレクターがいて億単位の金が動くはず、だった。

偽物とわかった瞬間に、エレノアは私達の罠にかかったと、やっと気づくと言う寸法よ」


レベッカ「私は、レディ光子宛てのラブレターの真偽が知りたかったな。もし本物なら、少なくともそっちはいただきたかったわ」


ザラ「間違いなく、本物だと思う。そうじゃなきゃ、サフィレットのイヤリングに数千万もの金を用意するわけがないわ。本物の書簡とセットになっているからこそ、とんでもない価値に跳ね上がったのよ」


レベッカ「歯軋りするエレノアを見て見たいわ。目の前にぶら下がっていた、大きな人参を食べ損なったんだもの」


ザラ「ふふふ、自業自得ね。警察には盗難届は出せない。 何故なら、イヤリングは盗んできたものだから。

エレノア自身が盗賊のメンバーで、正体は不明だけれど、プロの一味が盗み出してきた物に間違いないわ。

ただね、二つの大戦を乗り越えて生き残った大切な思い出の品々を、盗人の手に渡ったままにして置くのは、気に入らないわよね。

さて、どうやって奴らから、奪い取ってやろうかしらね」


レベッカ「いいわね。ワクワクしてきたわ。早速、次の準備に入りましょうか」




(ザラの台詞)


私達が何者か?ですって。それは、秘密よ。でもね、私達のターゲットは、悪人なの。

あなたのそばに居る、悪い奴らに一泡吹かせる、それが私たちのお仕事よ。





参考資料

コードネーム、レベッカ


年齢28歳 身長170cm 50kg 普段は短髪だが、潜入調査をする為に、常に変装をする。

外交官の父を持ち、幼い頃から、世界各国を回って来たおかげで、英語、ドイツ語、フランス語、イタリア語、ロシア語、中国語に長けている。母が関西の生まれだったため、標準語と関西弁を流暢に使い分ける。情報収集が得意で、本業は音楽のアレンジャー。アイドルオタクでもある。父が中国に赴任しているとき、ハニートラップに引っかかり、辞任せざるを得なくなった。不思議なことに、両親は不名誉な退官の後の方が寧ろ、仲が良くなった。母親が優位に立てたからである、と推測する。

しかし、レベッカの方はその事件をきっかけに、非常にリアリストで、物事を見る目がシビアである。

特に男性に対しては、厳しい面を持っているが、反面、アイドルに対しては、寛容である。

アレンジャーも裏稼業も遊びの延長として、驚くほど楽観的で、陽気に物事をこなしていく凄腕のキャリアウーマン。ボルダリング、ロッククライミングが趣味。


上記シナリオの音声化。以下のサイトで聴くことが出来ます。

https://www.spooncast.net/jp/cast/3573096

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