車から降りてきたのは、案の定ユキマサとハヤテだった。


「お待たせしました――って、アスター? 何してるんだおまえ」

「うわーん先輩! 待ってましたよお!」


 アスターが子供を抱いているのを見ると、ユキマサは慌てて吸っていた煙草を車の灰皿に入れた。


「待て待て子供を抱きながら走ってくるな! 俺が子供を守るから!」


 アスターはユキマサに甥を渡す。アスターは安堵してため息を吐いた。まだ赤ん坊だが、三脚の重さも相まって長時間抱いているのはつらかった。


「ハヤテ、注目をこっちに引け! 女性からワニを遠ざけろ!」

「了解!」


 ハヤテがワニのほうに走り、銃弾を脇腹に入れた。銃創はすぐさま治癒したが、注目をハヤテに向けるにはそれで十分だった。


 ハヤテは向かってくるワニの口に向けて一発、発砲する。ふだんユキマサが使っているものと違って口径が大きいらしく、ハヤテが一発撃つごとに反動で照準が変わっている。


 ハヤテはワニに自ら向かっていく。威嚇で口を開けるワニのすぐ脇を通り抜け、腹に至近距離で発砲する。ワニの核に当たったのか、ワニはうめき声をあげて消滅していく。


 ハヤテは完全に使徒が消滅するまで待っていた。


 使徒の横を通り抜けて、ダリアがアスターの元まで走ってくる。


「アスター、使徒は――」

「いずれ消滅しますよ。ベビーカーは残念ながら壊れてしまったみたいですけど」


 アスターはワニが途中で口から落とした、脚が折れたベビーカーを見て言った。ダリアは安堵した様子でそう、と笑った。


 ダリアはユキマサから子供を受け取り、腕の中に抱いた。アスターより非力なはずなのに、彼女は子供をしっかりと抱きかかえていた。


「アスターの知り合いですか?」


 ダリアにそう訊かれたユキマサは、困惑しながらも頷いた。


「もしかして、あなたがアスターの言っていた『先輩』ですか?」

「そうですが、アスターは私のことをそんなに話していたんですか?」

「ええ、学校の話のほとんどはあなたとお姉さま――シオンのことでしたわ」


 ダリアはくすくすと笑いながらそう言った。ユキマサがアスターに事実を確認するように視線を向けた。アスターがいたたまれなく視線をそらしたことが、結果として肯定の合図になった。


「あなた、シオンお姉さまの恋人なのでしょう?」

「…………まあ」


 ユキマサは居心地悪そうに頷いた。


「お姉さまが見つかったそうですが、会えましたか?」

「ええ、何回か」


 ダリアは満足そうに頷いて、ユキマサに言った。


「あなたがお姉さまの恋人でよかったわ」


 ダリアの発言に一番驚いていたのはアスターだった。彼女はきっと、シオンを話すまいとしてユキマサを罵ると思っていた。そのイメージは、フェリシアの像を投影したものだったことに気づく。


「アスターは人の悪意に人一倍敏感です。そんなアスターがいい人と言うくらいなら、あたしたちが邪魔するのも野暮ですわ」


 ダリアは優しい声で言って、にこりと笑った。


「お姉さまと結婚するときは、挨拶に来てくださいね」


 ユキマサは照れくさそうに頭を搔いて、わかりました、と言った。


「おーい、ユキマサ、討伐が終わった! 核を集めてくれ」


 道の奥からハヤテが呼びかけた。使徒の姿はすっかり消え、跡には桜の花びら型の核だけが残った。


「ああ、わかった」


 ユキマサは回収用の袋を持って駆け付けようとしたが、その首根っこをダリアが掴んだ。


「待ちなさい、あなた」


 ユキマサは驚いて振り返った。ダリアがその顔を思い切り睨みつける。


「あの子はあなたの何?」


 ややこしいことになったんだろうな、というのはアスターが傍から見て分かった。


 ダリアは、ハヤテとユキマサの関係を知らない。シオンの恋人が、知らない少女を連れまわしているのを見たら、どう思うだろうか。


「ええ……っと、その、なんというか……妹です」

「そんなわけあるかこの浮気者!」


 ダリアはユキマサの頬をひっぱたいた。

 まあこうなるだろうな、と思って、アスターはユキマサの袋を取ってふらりとハヤテのほうへ行った。


「? 何してるんだあいつ」

「対話ですかねえ。さ、お母様、早く撤退しちゃいましょ」

「……ああ。お前は核の回収を頼む。私は周りの建物にもう安全だと言ってくる」


 ハヤテは周囲の建物に対して、討伐は成功したと叫んだ。建物からぞろぞろと人が出てくるころには、すべての核を回収し終えていた。


 ユキマサとダリアの揉めあいは、ハヤテが割って入っていい言い訳を口にするまで続いた。


「家族って、感情をぶつけあえる相手なのかな」


 アスターはそんなダリアを見て思った。ユキマサに世話になるのは申し訳なかったので、見つからないうちに駅に向かった。

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