肆
車から降りてきたのは、案の定ユキマサとハヤテだった。
「お待たせしました――って、アスター? 何してるんだおまえ」
「うわーん先輩! 待ってましたよお!」
アスターが子供を抱いているのを見ると、ユキマサは慌てて吸っていた煙草を車の灰皿に入れた。
「待て待て子供を抱きながら走ってくるな! 俺が子供を守るから!」
アスターはユキマサに甥を渡す。アスターは安堵してため息を吐いた。まだ赤ん坊だが、三脚の重さも相まって長時間抱いているのはつらかった。
「ハヤテ、注目をこっちに引け! 女性からワニを遠ざけろ!」
「了解!」
ハヤテがワニのほうに走り、銃弾を脇腹に入れた。銃創はすぐさま治癒したが、注目をハヤテに向けるにはそれで十分だった。
ハヤテは向かってくるワニの口に向けて一発、発砲する。ふだんユキマサが使っているものと違って口径が大きいらしく、ハヤテが一発撃つごとに反動で照準が変わっている。
ハヤテはワニに自ら向かっていく。威嚇で口を開けるワニのすぐ脇を通り抜け、腹に至近距離で発砲する。ワニの核に当たったのか、ワニはうめき声をあげて消滅していく。
ハヤテは完全に使徒が消滅するまで待っていた。
使徒の横を通り抜けて、ダリアがアスターの元まで走ってくる。
「アスター、使徒は――」
「いずれ消滅しますよ。ベビーカーは残念ながら壊れてしまったみたいですけど」
アスターはワニが途中で口から落とした、脚が折れたベビーカーを見て言った。ダリアは安堵した様子でそう、と笑った。
ダリアはユキマサから子供を受け取り、腕の中に抱いた。アスターより非力なはずなのに、彼女は子供をしっかりと抱きかかえていた。
「アスターの知り合いですか?」
ダリアにそう訊かれたユキマサは、困惑しながらも頷いた。
「もしかして、あなたがアスターの言っていた『先輩』ですか?」
「そうですが、アスターは私のことをそんなに話していたんですか?」
「ええ、学校の話のほとんどはあなたとお姉さま――シオンのことでしたわ」
ダリアはくすくすと笑いながらそう言った。ユキマサがアスターに事実を確認するように視線を向けた。アスターがいたたまれなく視線をそらしたことが、結果として肯定の合図になった。
「あなた、シオンお姉さまの恋人なのでしょう?」
「…………まあ」
ユキマサは居心地悪そうに頷いた。
「お姉さまが見つかったそうですが、会えましたか?」
「ええ、何回か」
ダリアは満足そうに頷いて、ユキマサに言った。
「あなたがお姉さまの恋人でよかったわ」
ダリアの発言に一番驚いていたのはアスターだった。彼女はきっと、シオンを話すまいとしてユキマサを罵ると思っていた。そのイメージは、フェリシアの像を投影したものだったことに気づく。
「アスターは人の悪意に人一倍敏感です。そんなアスターがいい人と言うくらいなら、あたしたちが邪魔するのも野暮ですわ」
ダリアは優しい声で言って、にこりと笑った。
「お姉さまと結婚するときは、挨拶に来てくださいね」
ユキマサは照れくさそうに頭を搔いて、わかりました、と言った。
「おーい、ユキマサ、討伐が終わった! 核を集めてくれ」
道の奥からハヤテが呼びかけた。使徒の姿はすっかり消え、跡には桜の花びら型の核だけが残った。
「ああ、わかった」
ユキマサは回収用の袋を持って駆け付けようとしたが、その首根っこをダリアが掴んだ。
「待ちなさい、あなた」
ユキマサは驚いて振り返った。ダリアがその顔を思い切り睨みつける。
「あの子はあなたの何?」
ややこしいことになったんだろうな、というのはアスターが傍から見て分かった。
ダリアは、ハヤテとユキマサの関係を知らない。シオンの恋人が、知らない少女を連れまわしているのを見たら、どう思うだろうか。
「ええ……っと、その、なんというか……妹です」
「そんなわけあるかこの浮気者!」
ダリアはユキマサの頬をひっぱたいた。
まあこうなるだろうな、と思って、アスターはユキマサの袋を取ってふらりとハヤテのほうへ行った。
「? 何してるんだあいつ」
「対話ですかねえ。さ、お母様、早く撤退しちゃいましょ」
「……ああ。お前は核の回収を頼む。私は周りの建物にもう安全だと言ってくる」
ハヤテは周囲の建物に対して、討伐は成功したと叫んだ。建物からぞろぞろと人が出てくるころには、すべての核を回収し終えていた。
ユキマサとダリアの揉めあいは、ハヤテが割って入っていい言い訳を口にするまで続いた。
「家族って、感情をぶつけあえる相手なのかな」
アスターはそんなダリアを見て思った。ユキマサに世話になるのは申し訳なかったので、見つからないうちに駅に向かった。
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