死者蘇生とは、原理としては使徒顕現けんげんと同じである。


 使徒は自然に存在する星神の力が宿った石を核とし、自然物を仲立ちとして顕現する。核は長い時間をかけ自然物の中に宿るものなので、媒体により異なった形になる。


 生きた人間には本来核を適合させることは不可能だが、仁科ただしは核に死体を自然物として再認識させることに成功した。


 私の研究はその後継である。核が破壊された死者の更なる蘇生と、適合の不安定さについて紹介する。



 二枚目に、ハヤテの身体がモデルとして描かれていた。ハヤテはユキマサの研究対象でもあった。


「非難を浴びそうな書き方だな」


 至る所で死者は使徒と同じものだと強調されている。この星では使徒は災害以外の何者でもないというのを、彼は知っていて書いているのだ。


 ハヤテはその場から離れ、ユキマサのほうへ向かう。


「所長、なにか手伝えることは?」


 傷口の縫合を終えて施術室から患者とともに出てきたユキマサに尋ねるも、すげなく首を横に振られる。


「もう今日の予約はない。おまえは上で勉強でもしてろ」

「ええ、じゃあ閉めるまで待つよ」

「俺はほかにもやることがあるんだ。はい、行った行った」


 そう言ってユキマサはしっしと手を翻し、患者に領収書を渡す。ハヤテは早く終わらないかと、彼の様子をじっと見ていた。


 プレゼントを見せびらかしてやろうか、それとも来週の誕生日まで待とうか。今回のプレゼントはきっとユキマサが喜ぶだろうと確信していた。


 ハヤテは胸に葛藤を抱えつつ、その場に立っていた。ユキマサはそんなハヤテを横目で鬱陶しそうに見ながら、患者を無事送り出した。


「……あのな、俺はまだここでやる仕事があるんだ。夕飯のときになったら呼んでくれ」


 患者用の優しげな表情からは一転して、ユキマサは眉間に皺を寄せた。


「仕事ってなんだ? 入院患者はいないだろ」

「今朝言ったろ。来週、アメリカで発表する用の論文をまとめなきゃいけないんだよ」


 そう言って、ユキマサは受付にある資料の山に目線を送った。


「……えっ?」


 今朝言ったか? ハヤテは記憶を辿り、そういえば言ってたな、と思い出した。聞いたときはとくに何も考えていなかったが──。


「もしかして、それって、誕生日と被るのか?」

「ん? んー……あ、そうだな」


 そうだな、じゃないぞと言いたかったが、言ったところで何も改善はしない。これはハヤテが悪い。


「そうなるとセイジロウさんにも言わないといけないな。あの人毎年勝手にパーティ開くから」

「げ、ヤマナシ……」


 セイジロウはユキマサの義理の父だが、ユキマサを溺愛している。曰くサチエに似ているからだそうだ。ユキマサがついていけずに疲れていることも知っているだろうに。


「そうだ、今年はおまえが行ったらどうだ。別にあの人も文句は言わねぇだろ。あとたぶん無理やりパーティ開こうとするし」

「嫌だ」

「そんなに悪くないぞ。ユウコさんの料理はうまいしプレゼントもくれるし、それにセイジロウさん自身も悪い人ではないし」


 毎回ユキマサはセイジロウのことを「悪い人ではない」と言う。


 悪い奴ではないのだ。確実に。しかしハヤテは、どうしても嫌なことを思い出してしまう。だからセイジロウとは付き合いを避けていた。


 黙りこくるハヤテを前に、ユキマサはため息をついた。


「あのな。あの人は毎回おまえが来るのを待ってるんだよ。おまえとセイジロウさんに何があったのかは知らないけど、たまには行ったらどうだ」


 ユキマサは、わがままな子供を持て余した親のような表情を浮かべてそう言った。いつからそんな顔をするようになったのか、ハヤテにはわからない。


「…………考えておく」


 ハヤテは鞄から買ってきたプレゼントを取り出すと、ユキマサの胸に押し付ける。そして顔を見ないまま、逃げるように二階へと上がった。


 ユキマサは押し付けられたプレゼントを見る。綺麗にラッピングされており、中には青のハンカチが入っていた。


「……これ、あいつが?」


 ユキマサがプレゼントらしいプレゼントを貰ったのは、このときが初めてだった。



 翌日、ハヤテは学校でサラに誕生日の件を話した。


「というわけでユキマサの誕生日に会うのは無理になった」

「うう……そんなあ……」


 サラは残念そうに項垂れている。ハヤテはすこし良心が痛んだ。


「まあ次会ったときに言えばいいさ」

「次っていつ!?」

「あー……まあ好きなときに来るといい。木・日定休日だから、そのときにでも」


 まあ定休日はだいたい寝ているが、と言おうとしたが、夢を壊しそうなのでやめた。


「木曜日には部活があるので……日曜日に行こうと思うよ」

「ちなみにアメリカには日曜までいるらしい」

「ダメじゃん!」


 サラは頭を抱えて苦しんでいる。からかうのもきりがないのでハヤテはこの辺で案を出すことにした。


「……メッセージカードでもいいだろ」

「あ、それもそうだね」


 サラはけろりとその案を受けいれ、部活が終わったら便箋を買いに行こう、と計画を立てていた。


「……若いな……」


 勉強をやって部活をやって買い物にも行って──そんな忙しない生活はハヤテには送れなかった。肉体は若くても精神は若くないのだ。

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