参
パーティ当日。ハヤテは普段の制服姿から、昨日ユキマサに買ってもらったドレスに着替えていた。
白いパフスリーブのレース付きブラウスに、前面に金色のボタンが付いた黒色膝丈サロペットスカート。スカートの中にはパニエが入っており、振り向く度にふわりと風を含んで広がる。普段はやっつけでひとつに縛っている髪は、自分で編み込んで後ろでお団子にしている。
人形のような外見も相まって、彼女は喋らなければどこかの令嬢に見えた。
「おいユキマサ早くしろ。肉がなくなるだろ!」
「なくならないから安心しなさい。あとパーティ会場では敬語を使えよ」
ユキマサは髪をとかし、顔を洗ったのか少し肌が明るくなっている。普段の汚れた白衣から小綺麗なスリーピーススーツに着替えただけで、やり手の資産家かなにかに見える。実際そうなのだが。
「……ユキマサ風呂入ったか?」
「いま訊くことか?」
「いややたらと小綺麗だと思って……」
そうか、とユキマサは自分の姿を眺めながら言う。普段は身なりに無頓着で、シャツはずっと同じ色のものを着ているし、風呂だって一週間入らないこともある。
ハヤテにとっては見慣れない姿だったが、ユキマサには公式の場できちんとした格好をするくらいの余裕はある。
「一応入ったよ」
「"一応"が怖い! まあいい、行くぞ行くぞー!」
ハヤテはユキマサの背中を押して、五丁目に繋がる路面電車の駅まで歩いた。八丁目は伏龍街の中でもアンダーグラウンドな存在なので、パーティに行くようなきらびやかな格好の人は見受けられない。
しかしその中にひとり、ハヤテと同じくらいの歳の少女が、両親らしき夫婦とともに歩いていた。三人とも宝飾品で着飾っており、相当な資産家のようだ。
ハヤテは道路を挟んで向かいを歩く少女たち家族に声をかける。
「あ、おーい、オースティン!」
「知り合いか?」
「まあな。同じクラスなんだ」
名前を呼ばれたオースティンはこちらを不意に見たが、ひどく怯えた表情を見せた。
「……本当に? カツアゲ相手とかじゃなく?」
「うーむ、そんなことをした記憶はない……ないと思う……ないといいな……」
「断定しろ」
オースティン家族が足を止めたため、ハヤテとユキマサは道路を横断して彼らの元へ向かう。
「やあオースティン。一緒に行かないか?」
「あっ、はひっ、ぜひ……」
オースティンと呼ばれた少女は明らかに困惑している。ユキマサはこら、とハヤテの肩に手を置いた。
「すみません、そちらもご予定があるでしょうし……ほら、行くぞ、ハヤテ」
ユキマサはペコペコと頭を下げながらその場を立ち去ろうとした、が、オースティンの両親に呼び止められる。
「お待ちください、ハヤテさん、とおっしゃいましたか?」
母親が驚いた表情でユキマサに問いかける。まさか本当に何かやらかしたか、とハヤテは少し心配になる。肩に置かれたユキマサの手にも力が篭もる。
「ハヤテ・キリガヤさん! お会いしたかった!」
今度は父親が近づいてきて、ハヤテに握手を求めた。母親もハヤテと握手をする。何が起こっているのかよくわからず、ハヤテはとりあえず握手を返す。
「いやあ、キリガヤさんには感謝してもしきれないほどの恩がございます……一年前、学校に入りたてでいじめられていた娘を救って下さり……本当に感謝してもしきれません……」
母親は感激のあまり泣いていた。心当たりが全くないと言える空気ではなかった。
「キリガヤさんの美しい弁舌、真っ直ぐな心、そして素晴らしい戦闘技能は娘からよく伺っております。本当は我が一族を代表してお礼申し上げたかったのですが身元がわからず……」
ハヤテは引きつった顔で頷き続ける。ちら、とユキマサの方を伺ったが、知らぬ風を吹かされた。
「ああ、うん、ありがとう、ゴザイマス、えっと……」
ハヤテはオースティンの方を見た。オースティンは見られていることに気づくと、慌てて目を伏せた。
「怖がってたわけじゃなくて、照れてたのか……?」
オースティンはこくこくと何度も頷く。ハヤテは気まずさを隠そうともしない顔で、苦笑いを浮かべる。
オースティンの母親がチラと視線をハヤテから外す。
「ああ、そちらの方はお兄様ですか? それともお父様? どちらにお住まいでしょうか。お礼の品をお送りしたいのですが……」
今度はユキマサに飛び火した。彼は引きつった顔で「従兄で保護者です」と答えながら、できるだけ母親と距離をとった。
「初めましてサラ・オースティンです、いつもキリガヤさんにはお世話になっております」
「まあその若さでキリガヤさんも養っていらっしゃるの? 素晴らしいですわ、お名前を聞いてもよろしくて?」
「あ……えと……ユキマサと申します……お礼は結構です……」
しどろもどろになりながら、ユキマサはオースティン母娘の質問をかわした。
自分が伏龍街の元凶・仁科行正だとわかれば、相手は何をしてくるかわからない。一転して冷たい態度をとるか、神のように崇めるかの二択なのだ。ゆえにユキマサは、仕事以外の相手に対して、元来の人見知りをひどくこじらせていた。
「あー、申し訳アリマセン、オースティン家の皆サマ。我々は他の者と約束がゴザイマスので本日はこの辺で失礼シマス……」
ハヤテが慣れない敬語でオースティン家族を落ち着かせ、その隙にユキマサを連れて逃げ出した。しばらく走り、路面駅で路面電車に乗り込むと、ユキマサは安堵のため息をついた。
「た……助かっ、た……」
ユキマサの手は震えていた。汗をかいているのに、手はひどく冷たかった。酷なことをしてしまった、とハヤテは少し反省した。
「お前あんな感じでパーティに行けんのか?」
「平気だ……俺は事前に死者蘇生賛成派の人間のリストを作って暗記してある。今日はリストにある人以外に話しかけない」
ここ最近忙しそうにしていたのはそれか、とハヤテは頷いた。
「徹底してるな」
「オースティン家はリスト外の人間だった。中立派だ。パーティ会場でもああいうことが起こると脳がねじれて爆発する」
「やめろ」
だから俺から離れるなよ、と釘をさしながら、ユキマサは乱れた前髪を路面電車の窓を見て整える。難儀な性分だと思った。
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