第181話

 「お芋さんだ」


 私は商人が持ってきてくれたお芋さんに目を輝かせる。言葉の語尾にハートマークが付きそうなほど嬉しい食材だ。


 あの日から練習はお休みになって、私はゆったりと過ごす事が出来ている。デビューまで後2日。今日はトリオが離宮に遊びに来てくれていた。




 始めは隊長さんが新しい食材を取りに行ってくれると言っていたのに。何があったのか? 結局、商人は持ってきてくれて、トリオが遊びに来てくれることになっていた。その間のやり取りは知らないが、隊長さんの目論見が外れた事だけは間違いないだろう。楽しそうにしながらも、少しだけしょんぼり感が覗いている。




 「姫様。この食材は、焼くと甘くなるのですがどのような物なのですか? お芋さんと言われていましたが。お芋さんと言う名前なのですか?」


 「名前なんだけど。名前じゃないよね」


 私は商人の質問に困ってしまう。学術名は知らないが私の中では、唐芋(カライモ)で、お芋さん、という認識がある。一般的にはサツマイモだろうか。どちらも正しいのでどれにしようかと思ったが、ここでは知らない人ばかりだ。


 お芋さんにしよう。私が呼びやすいのが一番だ、という事で私の独断と偏見で、誰も知らないからと、お芋さんに命名し、商人にお芋さんと教えておく。商人はお芋さんを復唱していた。その上で調理法が気になるのだろう。調理法については食い気味だ。


 


 「そうね。簡単な方法なら焼くだけでも美味しいわ。ちょっと凝るならお菓子にもできるしね」


 「「お菓子になるのですか?これが」」


 はい。定番で甘いものスキの二人は反応する。そこにもしっかり頷いておく。今日は新しい食材を使うという事で昼食は用意していなかった。その食材で料理をするつもりだったかだら。なので、昼食は簡単な物を用意しながらお芋さんを使う事に決めた。その予定に管理番が心配をする。


 「姫様。お菓子も作られて、昼食の用意となるとお忙しいのでは? 今日は息抜きと聞いています。昼食は厨房にお願いをしてお芋さんを使う事だけにしてはいかがでしょうか?」


 「大丈夫よ。皆には悪いけど、昼食は本当に簡単な物しか用意しないわ。お芋さんを使いたいしね」


 「それなら、お芋さんを使う料理だけでならいかがでしょう? 手間は省けませんか?」


 とは商人の提案。お芋さんを食べたいのと、手間を省こうと考えてくれた様子。それなら甘えしまおう。最近は甘える事が増えてきている気がする。


 「そうね。確かに、できなくはないわ。みんな、それでもいい?」 


 「勿論です。簡単な事だけならお手伝いもできますよ」


 とは隊長さんのお言葉だ。みんなの好意に甘えてお芋さんだけの食事にしてしまおう。


  


 私はそう決めるとキッチンに入る。隊長さんも躊躇うことなく入ってきた。手伝う気満々らしい。カウンター側から覗くのは管理番だ。心配そうな様子を見せている。商人も手伝う気なのだろう。隊長さんの後ろにいた。実演販売の練習をするせいか、商人も最近は手伝ってくれるようになっていた。


 人手があるので、私は躊躇う事なく洗って皮むきをお願いする。


 が、私の考えが甘かった。商人はまだ良い。皮むきもそれなりに上手だった。だが、隊長さん。お約束だと思うけど、お芋さんが半分くらいになるのはいたはだけないわ。誰でも最初は初心者だ。上手にできないものだと思いなおすと、薄くむくコツを実演する。


 「隊長さん。刃をね、水平に近いくらいに当てるのよ」


 「こうですか?」


 「もう少し寝かせてくれる?」


 私は一緒に皮むきの方法を教えていく。隊長さんも刃物には慣れているみたいで抵抗なく包丁を動かしていく。その様子を見ながら手を切りそうな様子もないので、後はお任せだ。 




 メニューとしては、主食としては芋ご飯、他はサラダ、味噌汁、ソーセージと合わせた炒め物、チーズをのせてオーブン焼き、同時に焼き芋も作る。当然大学芋は外せない。


 カップケーキやプリン、芋餅、パウンドケーキも選択肢に会ったけど、その辺よりも大学芋が食べたかった私は、大学芋を優先した。お芋さんは保存に優れているので、他のものは次の機会に作ることにする。


 大学芋を作るときは私は普段は手抜きではちみつで絡めていく。砂糖を煮詰めて作ってもいいんだけど、私は個人的にはちみつの方が好きのなので、この手順だ。はちみつの優しい味が好きなのだ。皆にも気に入ってもらえると良いのだけど。


 皮を向いてもらったお芋さんを土鍋に入れたり、チーズ焼きの準備をしたりしていると商人が面白そうに覗きこんでくる。


 「一つの食材でこんなにも料理の種類が作れるのですね」


 「そうね。甘いから意外なように思うかもしれないけど、お芋さんはなんにでも合うのよ」


 商人に答えつつ一番簡単な調理法を教えておく。焼き芋だ。これに勝るお芋さんの食べ方はないと思っている。焼きたても美味しいけど、冷やした焼き芋なかなかだ。その辺も追加してレクチャーだ。冷やした焼き芋の下りでの驚いた様子は良い反応だった。




 そうしている間にも調理は着々と進んでいく。一人カンターの外にいる管理番が申し訳なさそうにしていた。商人も隊長さんも手伝ってくれているので、申し訳ない気分になっているのかもしれない。気にしなくてもいい、と言っても気にするであろう管理番のために仕事を用意する。


 「管理番、テーブルを拭いてくれる。その後はグラスなんかを持って行ってもらえると助かるわ」


 「お任せください」


 管理番は嬉しそうに頷いてテーブル拭きを取りに来る。お願いできる仕事があって良かった。私はホッとしつつ仕事をお願いする。


 隊長さんも少しずつ調理のスキルが上がって来ているし、今後は割り振りか、お願いする事を考えていた方が良いかもしれない。




 合作の料理が出来上がる。テーブルの上はなかなか壮観だ。私の一押しお芋さん料理が並んでいる。皆も品数と量に驚いている様だ。無理もない、私でも驚く量になっている。だが、余ったら私が食べてもいいし、持って帰ってもいい、どうにでもなるので私は気にしていなかった。


 「さあ、どうぞ。食べてみて。気に入ってもらえると良いんだけど」


 昼食会の始まりだ。


 

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