第180話 閑話 陛下と殿下と宰相と

私宰相としてこの場に同席している。当然の事だが眼前には陛下と殿下がいらっしゃる。このお二方は親子だが驚くほど似ていない。陛下は効率的な考え方をされる方で、感情は二の次。殿下は感情的な方で、効率的な判断をできる方ではない。どちらかと言えば気持ちを優先される方。人間性は悪くはないのだが、感情を優先される方なだけに、情に流されやすく、左右されやすい。だからなのだろう、情に訴えられると正確な判断が下せなくなり、忠告を受け入れることが出来なくなる事が多い。必要な忠告に耳を傾けることが出来ない。忠告も感情の前では余計事と聞こえてしまうのだ。換言をしてくれたものを疎ましく感じてしまわれるご様子。そのためか周囲の人間が余り質が良くないと聞いている。陛下が付けた側近候補ともそりが合わない。




 困ったことに殿下ご自身がその事に気が付いていない。太鼓持ちに囲まれていい気になっているようで、陛下の頭痛のタネになっている。陛下は注意はするものの、それ以上の干渉はされようとはしない。ご自身で気が付かなければ意味がないとは陛下のお言葉。だが、このままでも良くないとは考えているようで、そのために今日も殿下を呼ばれているのだが、殿下がその事に気が付いていらっしゃるのか。殿下は陛下のお言葉をジッと聞いてはいらっしゃるが、どこまで心に響いているのか。


 私にとっても殿下は頭痛のタネ。どうすればよいものか。ため息しか出てこない。


 比べることは良くないのだろうが、これが姫様なら、ここまでの苦労はないだろうと考えてしまう。姫様は周囲の忠告に耳を傾けているとか、その上で自分の考えが合わなければ、意見を述べたうえで反対を唱えられる。有益な場合はそのまま受け入れているそうだ。取捨選択はご自分でされているという事だ、感心だと思う。提案を聞くことと受け入れることは、別物だと理解されているのだろう。こういう上司は部下にとってもありがたいはず。そう考えてしまうあたり、自分も姫様の影響を受けているなと、自覚してしまう。気を付けなければ。


 自分を戒めつつお二人の様子を注視する。私が間に入る必要がない事を祈ろう。




 私の目の前には、息子が立っている。私の話を聞いているようで、聞いていない息子だ。黙って立っていれば話を聞いていると思われると考えている浅はかな息子だ。亡き妻の忘れ形見と思い今までは多めに見ていたが、そろそろ本気でこの息子の先行きを考えなければならないようだ。自分より年下の姫にあしらわれている事にさえ気が付いていない。姫から断られていながら、自分に遠慮したからだと思っているようだ。言葉の裏がくみ取れないとは嘆かわしい。手の施しようがないだろう。




 この息子がこんな出来の悪い息子に育ったのも私に一因があるのだろう。それは自覚している。国を大きくする事に注力し、国の事は宰相に預けていた。息子には側近候補と侍従をつけ、それで安心し放置してしまっていた。息子は自分が放置されている事を感じているのだろう。私に目立った反発をすることはないが、面倒ごとばかり起こしている。その事を理論整然と注意すると頷きはするものの、その失態を何度繰り返すのだ。これを反発と言わず何というのか。




 これがあの姫ならこんな苦労はないのだろうが。姫の様子では息子に添わせるのは難しいだろう。考え方が違うのだ。息子に姫の考え方は理解できまい。友人として共にある事もできないだろう。子供の浅はかさで反発をしているのなら教育次第でどうにかなるかもしれない。だが期待は出来まい。自分を顧みず、問題が起きれば自分に原因があるのではなく、他人のせいにしてしまう。自己責任の考え方が出来ないのだ自分で判断が出来ないものは統治者にはなれない。問題を部下や他人に押し付けるのでは人はついては来ないだろう。息子は統治者としての資質を兼ね備えていないのだ。


 私にも原因があるとはいえ、これではこの国を預けることは出来ない。国はおもちゃではない。多くの民草が私たちに命を預けてくれているのだ。大事にしなければならない。民草の支持のない統治者などいない方が良いのだ。息子はその事に気が付ていない。


 教師もえりすぐりの者を付けたはず。教師から何を学んでいるのか。息子の先行きを諦めたくはないが、諦めなければならないだろう。いつ見切りをつけるか、後どのくらい様子を見れるのか。卒業までだろうか? 成人まで? 期限を付けて考えなければならないようだ。悲しい事だが仕方があるまい。息子との事を考えるとため息しか出ず、あまりの出来の悪さに本音が零れていた。


 「お前は、どうしてこんな風に育ってしまったのか。私が悪いのだろうが。どうすれば良いものか」




 父上の様子が今までとは何となく違う様に見える。いつも淡々と注意してそれで終わりなのに、今日は小言はそんなになくて、宰相と二人表情が曇っている。父上の傍にはいつも宰相がいる。二人には仲が良いわけではないけど、多くを話さなくても分かり合える様子がある。僕はそれがいつも羨ましかった。僕にもそんな人がいて欲しいと思っている。学校でも多くの人に囲まれているけど、みんなよくしてくれるけど、父上たちとの様子となんか違う気がする。何が違うんだろう。いつも不思議だった。


 今日も二人は一緒にいて、同じように表情が優れない。僕の事で同じように悩んでいるんだろうか? 僕の何が悪いんだろう? 父上の言われるように頑張っているはずなのに。父上は僕の何が悪いと言われるのだろうか? 褒められた事なんて一度もない。姫の事はよく褒めていると聞くことがある。特定の誰かを褒めることは今までなかったのに。僕はダメなのに姫は褒められる。その違いが分からない。僕はどうしたらいいんだろう。


 父上に褒められることが無くて、今日も叱られるのだろうと思うと、父上を見ることが出来ない。自然と俯いていると、もう一度ため息を耳にする。


 「お前はそうして今日呼ばれたか分かっているか?」


 「パートナーの件でしょうか?」


 「そうだ。どうして断れることになったのだ?」


 「それは姫から断ってきたので」 


 「そんな事は分かっている。姫からも聞いている。私が断りましたと直接言いに来たからな。私が聞いているのは、その根本的原因を聞いているのだ。そのくらいのことは分からないか?」


 呆れたように言われてしまった。姫は直接父上に言いに来たという。僕は呼ばれ化ければ父上に会う事も出来ないのに。姫は気軽に会いに来れる様だ。僕が息子なのに。父上は僕よりも姫の方が可愛いんだろうか?


 「父上。姫はそんなに気軽に父上に会いに来れるのですか? 僕は簡単に会う事も出来ないの」

「そこは問題にしていないだろう? 話の本質が理解できないのか?」


 「殿下。姫様はわたくしに伝言を頼まれたのです。その件を報告しましたら、陛下が直接理由を聞くと言われたので、面会する事になりました。始めから予定されていたわけではありません。姫様は留学生です。不備があれば国際問題になりかねません。意味はお分かりになりますよね?」


 「どうして国際問題になると? あんな小さな国、我が国に対抗できるはずはないだろう?」


 我が国は大陸の支配者と呼ばれるほどの大きな国だ。あんな小さな国など問題ではない。そう思って自信をもって答えると、父上と宰相からは返事がなかった。返って来るのは沈黙にのみ。


 


 どうしてだろう。当たり前の事を答えているだけなのに。


 分からない。


 


 息子はどこまでも愚かなようだ。この国の先行きを考え直さなければならない。


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