第178話

 「姫様。後の事はご安心ください。夫の足は頑丈なので、ダンスの練習はもうお休みにしましょう。デビューまで後4日。体調を整えることも大事な事です。せっかくですのに。楽しめなければもったいないですわ。隊長様もそう思われませんか?」


 「そうですね。筆頭の方が問題なければお休みでいいでしょう」


 「お休みでいいなら、私もその方が嬉しいわ。相手の方の足を踏んでしまうのが目に見えていて、申し訳ない気がするけど」


 「大丈夫です。姫様に足を踏まれても大して痛くはありませんから」


 私の心配に隊長さんが太鼓判を押してくれた。その答えはどうかと思うけど、心配ないと言うならその言葉に甘えしまおう。


 私はそう決めると目の前の筆頭さんをもう一度見ながら注意する。


 「筆頭さん、あんなことをしてはいけないわ。今回は大丈夫だったけど、次は問題になるかもしれない。私も頑張るけど私の力は大したことは無いわ。貴方を守り切れないかもしれないの。だから、危ない事はしないでね。お願いよ」


 「姫様」


 筆頭さんは私の前に膝をつく。実用的なものとはいえ、人前に出るためのドレスだ。それなりの体裁は整えてある。庶民の私からすると汚れることが心配になり、汚れると注意する前に筆頭さんが話しかけてきた。


 


 「わたくしは姫様の教育係ですが、その前に一人の大人です。大人が子供の前に立つことはおかしな事ではありません。身分は関係ない事だと思っています。特に姫様はお国からどなたも連れては来られませんでした。敢えてそうされたのだと思っていますが、保護者がいないのです。姫様の年齢では考えられません。相談する事もできなくなってします。その小さな背中にお国を背負ってしまうのは、あまりにも大きなものだと思っています。わたくしは微力ではございますが、姫様のお手伝いできればと思っているのです」


 「筆頭さん?」


 「姫様。筆頭と。さんはいけませんわ」


 「こんな時でも忘れないのね?」


 「勿論です。習慣にすることは大事な事ですわ」


 優しい事を言ってくれたのに、もうしかめっ面になって私を注意してくる。その対比がおかしくて、私を笑わせようとワザと言ってくれているのが感じられて、噴き出してしまった。私が噴き出したことに眉を寄せながら、私の顔を覗き込む。


 「姫様。貴方様の立場はとても難しいものになっています。ご自分でも理解されているのでしょう。言動にも注意されているのは感じています。ですが、それでも追いつかない事があるのです。そのために隊長様とわたくしがいます。姫様が躓くことが無いよう、杖になり、足元を照らす明かりとなります。どうぞ有効にお使いください」


 筆頭さんのこの言葉は実質、私の背中に立ってくれることを意味する。良いのだろうか? 筆頭さんは宰相の推薦で私のもとに来てくれている。わたしの不利益になるような事はしたことが無いので、監視と言うよりは行動の観察だけだと思っていたけど。筆頭さんの立場もある。彼女の不利益にはならないのだろうか?


 「筆頭さん。気持ちは嬉しいけど、あなたの不利益にはならないの? あなたは宰相と陛下の指示で来てくれたのでしょう?」


 「はい。閣下の推薦で、陛下の命により姫様付となりました。とても名誉な事です」


 「私の杖になると困らない?」 


 「わたくしが受けた指示は、姫様の教育係です。それ以上はありません。ですので、なんの問題もございません」


 柔らかく微笑む。それは大人の自信と自分へのプライドを感じた。今の地位にあるのは筆頭さん自身の力によるものなのだろう。ゆるぎないものを感じるが、私側に立つというデメリットを考える。筆頭さんはトリオと立場が大きく違う。同じに考えていいのだろうか。


 私は不安になり隊長さんを見上げようとしたら、筆頭さんから失礼します、と声が聞こえ私の背中に手が回ったのを感じる。私は彼女の腕の中にすっぽりと納まっていた。


 「姫様。姫様はまだ子供なのです。この国は姫様のお国と違う部分が多くあります。習慣や、取り巻く環境、周囲の大人たちの動きはお国と大きく違うでしょう。姫様の思わない事がこれからも多くあると思います。せめて、近くにいる大人は頼って良いのだと覚えておいてください」


 「いいの? 本当に? 筆頭さんは困らない?」


 「困ると思うのならこんな事は申し上げません」


 クスクス笑いながら筆頭さんは私の背中や髪を撫でてくれる。母親のような優しい仕草だった。私は今の母ではなく、前回の人生の母を思い浮かべていた。泣いていた時、背中を撫でながら慰めてくれた母を思い出したのだ。前の母は筆頭さんみたいに美人じゃなかったけど、厳しいくせに、私には甘い母だった。筆頭さんの腕に身体を預ける。自然と背中に腕を回そうとしたら、腕が届かなかった。自分の小ささを再認識させられる。トリオに私は子供だと言いながら、気持ちは違っていて、ここまで自分が小さいとは実感していなかった。抱きしめられ、背中を撫でられると、すべてを許されたと甘えていいのだという気持ちになる。


 こんな気持ちになることが自分でも不思議だった。それでもこの安心感は大きくて、引っ込んでいた涙が出てきそうになる。それを堪えながら、周りの大人に恥じない自分になろう、できる限り周囲に害が及ばないように注意していこう。それが私の側に立ってくれた筆頭さんやみんなのためにできる事だと自分に言い聞かせる。




 「姫様。帰りましょう。せっかくの休みです。少しゆっくりしましょう。そして、私に新しいお菓子でも作ってください。商人が新しい食材を見つけたようです。私が取ってきますから。お願いできますか?」


 せっかく筆頭さんが良い事を言ってくれてたのに、良い空気になっていたのに、一瞬で軽くなってしまった。筆頭さんが反応をしないはずはなくて。


 「隊長様。姫様になんてことを」


 「筆頭。姫様の息抜きは料理だ。姫様は息抜きになって、私は新しいお菓子が食べられる。一石二鳥だと思わないか? 筆頭も一度口にしてみては?」


 隊長さんの言い分に絶句している筆頭さん。隊長さんのイメージは冷たい人だと聞いたことがあるから、ギャップに驚いているのだろう。


 でもね、私の知っている隊長さんはこんな感じだよね。


 心の中で頷いて、承諾の返事をするが商人は来ないのに新しい食材だけもらってくるのはあんまりではないだろうか? そして、隊長さんはなんで新しい食材の事を知っているんだろう? お菓子を作ってと言うけど、新しい食材はお菓子になりそうな食材なのかな? 疑問だ。




 私の横で隊長さんに注意している筆頭さんの声を聞きながら、離宮に帰ることになった

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