第179話 閑話 筆頭さんの気持ち
わたくしが宰相様からの推薦により、陛下から姫様付の教育係兼筆頭侍女を命じられたのは、横領問題が発覚したためでした。陛下から姫様の教育はどこに出しても、一目置かれるような姫に、とのお言葉が別途付け加えられました。宰相閣下からは他国のかたなので、動向に注意するようにとのお言葉がありました。つまりは、陛下は姫様を国の中枢におきたいとお考えで、宰相様はその事を心配されていると察せられます。その時はわたくしの推察でしかありませんでしたが、姫様が離宮に移られたことで決定的となりました。貴族間でも噂になり、陛下はそれを否定はされませんでした。姫様を殿下のお相手として決定した、と言っても過言ではないでしょう。ですが、姫様はデビューもされておらず、学校にも通われていません。決定として発表するには時期尚早と判断されたのか、その事についての話は出てきませんでした。
離宮に居を移してから分かった事ですが、姫様は殿下のお相手として、ご自分は相応しくないと思っているご様子。辞退されると隊長様に断言されていました。確かに姫様はご身分としては問題はありません。ですが、国同士のつり合いとしてはどうかと思われ程、お国そのものは小さいです。ですが、姫様のお国は規模としては小さくとも、影響力としては大きいものがあります。でなければ、姫様が我が国に来られるような事にはならなかったでしょう。姫様はその事にお気づきではないご様子。
無理もありません。まだ子供でいらっしゃる。しかも国元から同行してきたものは、全て返してしまわれたと聞きました。ただ一人として、自分の傍に置くことは許さなかったと聞いています。返した理由は耳にしてはいませんが、ご自分の立場を理解し、国許と自分を守るために判断されたのでしょう。姫様のご年齢で出来る事ではありません。
それからも姫様の判断には驚かされる事ばかりです。一番驚いたのは、わたくしに自分とそりが合わなければ職を辞しても良いと言われた事でしょうか。あの時の衝撃は忘れられません。
わたくしが今の職を得るようになったのには理由があります。わたくしが今の夫と縁を結び子を得て、慎ましくも幸せ日々を送っていました。上の二人は男の子、後継ぎを生むことが出来ホッとしており、一番下に娘を得ることが出来ました。夫も夫の両親も喜んでくれて、わたくしも妻としての務めを果たすことが出来、安心し、家族中も良く、何不自由のない幸せな日々でした。ですが幸せの反動なのでしょうか、下の娘が病で亡くなったのです。病だけはどうする事も出来ず、手を尽くしても治ることはありませんでした。薬のおかげで幾ばくかの命は長らえることが出来そうだったので、その間は家族で過ごそうと決め、穏やかに過ごすことが出来ました。娘も病の中でも嬉しそうな笑顔を見せてくれたものです。家族全員であの薬が無ければ、この時間は過ごす事が出来なかっただろうと話をするほどでした。
娘が亡くなってから、わたくしは娘が生きていればと思い、知り合いのお嬢方にマナーをお教えするようになりました。わたくしの実母がマナーの教師として名を馳せており、その薫陶を受けたわたくしの教えを受けたいという方が多くいたからです。娘に教えることが出来なった変わり、と言う訳ではありませんが、少しでも手助けが出来ればと思い、始めた事でした。それが思いのほか評判が良く、多くのお嬢様方をお教えする事になりました。その評判を聞かれたのでしょうか、妃殿下の親戚のお嬢様などにもお教えする機会もいただきました。光栄な事です。わたくしや夫は大きな役職に就くことはありませんでしたが、多くの方とご縁を頂くこと事が出来たのです。そのご縁で姫様お仕えする事になりました。
姫様ご自身がわたくしの事を知らなくても無理はありません。話によると隊長様の事もご存知ではなかったとか。離れに隠されていたため、多くの知らなければならない事をご存知ではないのでしょう。
姫様はわたくしの娘が亡くなった時と同じご年齢。娘は姫様のように利発ではありませんでしたが、娘が成長すれば今生きていればと、姫様を見てしまいます。
姫様と娘を比べるなど、おこがましい。わたくしは職務として姫様に仕える立場。公私混同は避けなければなりません。肩入れしすぎないよう注意しなければ。気持ちが入りすぎると目を曇らせてしまいまうと自分を戒めながら、わたくしは姫様と距離を取り仕えるように注意していました。職務に忠実であろうと気を付けていたのです。
隊長様とは離れた目線で姫様を見ていると、とても不器用で、人に頼ることが出来ず、ご自分の小ささに喘いでいるようにお見受けします。自分の立場を自覚され他の子供では泣きわめき、投げ出すようなことも黙って受け入れ、努力惜しまず生活をされていました。
姫様の唯一の楽しみは、姫様がトリオと呼ぶ方々と食卓を囲むときだけでしょうか。姫様よりも年上の方ばかりですが、姫様は肩を並べているような雰囲気です。いえ、どちらかと言えば姫様の方が年上の包容力を見せるときもあるような印象がありました。
日ごろのお食事もご自分で用意されていますが、それは息抜きと言うよりも生活、とお見受けいたします。
このような生活をされていると、姫様はいつか倒れてしまうでしょう。誰一人頼る相手のいない生活、お友達と言うか、話し相手はいても相談相手がいても、甘える相手は別物です。しかも姫様はまだ未成年。この年齢の頃に、頼る相手がいない事は精神的に大きな負担です。隊長様でもその役目を担う事は難しいでしょう。
わたくしは姫様を見ながら不安に駆られます。この方は精神的にアンバランスで他人を思いやれるのに、ご自分には無頓着。特に身分を笠に着るような言動がないように注意されているようです。何かを依頼する時は、まずは相手の都合を確認していますし、お願いと口にされています。命じる事もできるお立場ですのに。わたくしが耳にした命令は、護衛騎士の一人に自分の前に座る様に命じた事ぐらいでしょうか。それも、空腹を心配されてそのような命令をされたとの事。護衛騎士が報告をしてきたと、隊長様が話してくださいました。
姫様は自分自身をいたわる事はされない方のように感じます。それとも自分自身をいたわっていない事に気が付いていないのでしょうか? 自分を大事に出来ない事は、良い事ではありません。今は良くともいずれは綻びが出てくることでしょう。自分を大事にできない事は、他人も大事に出来なくなるものです。自分を大事にするという事を姫様は学んでいない可能性もあります。横領問題で姫様がいらした環境は良くなかったはず。
姫様ご自身が自分をいたわる事が出来ないのであれば、わたくしが代わりに姫様を大事にすればよい。娘の代わりとはおこがましいが、あの子を思うように姫様をいたわる事は悪い事ではないはず。そうする事で、姫様が自分を大事する事を学んでくだされば、今後に良い影響をもたらすことが出来るでしょう。
姫様をお守りしなければならない。
どうぞこの方の先行きが優しいものであるように、わたくしが全力でお守りしたいと思います
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