第167話

デビューに向けてダンスの特訓は続いている。正直、足が痛いし息は上がるし、体は筋肉痛だし、泣きそうだ。ダンスなんかできなくても死にはしない。誰も私に見向きもしないので、ダンスなんかできなくてもいいんじゃないかと思い始めている。あまりの辛さに、許可は出ないのは分かり切っていたが、休憩時間にそう泣き言を零してみた。


 「頑張りましょう。姫様。練習すれば大丈夫です」


 「本当にそう思っているのかしら? この状態から進むと思えて? 時間もあまりないと思うのだけど?」


 ダンス講師の励ましに私は真顔で聞き返してみた。講師は冷やせを流すような顔つきをしながら、返事はしてくれなかった。これはダメだと隊長さんに助けを求める。練習時間の最大の被害者は隊長さんだ。練習中、私に何回足を踏まれている事か。それでも怒りもせず、練習に付き合ってくれている隊長さんは慈悲深い人だと思う。


 「隊長さんも思わない? これ以上は上達しないと思わない? デビューはなくても良い気がしてきたわ。体調不良で欠席でよくない? それなら誰も叱られないわ」


 「姫様にしては愚策ですね。ずいぶんと無理があると思いますが」


 隊長さんが呆れたように笑いながら返事をする。この言い方だと私の冗談だと思っている様だ。残念ながらこれは冗談ではない。私は本気だ。デビュー会場でパートナーの足を踏むくらいなら、欠席の方が良いと思っている。


 そこまで行きついて気が付いた。


  んん? パートナーてどうなってんだろう? 会場で探すわけではないだろうし。普通は決まっているものだよね? でも、私はこの国には知り合いは少ない。というか、管理番を始めたトリオしかいないけど? これってどうなるんだろう? こういう時の隊長さんだ。


 「隊長さん。デビューの時ってパートナーってどうなるの? 会場で探すの? その辺の事を聞いてなった気がする」


 「そうですね。お話していませんでした」


 そう言いながら隊長さんは休憩していた私をフロアへ促す。




 ダンスはパートナーとの会話を楽しみながら行うものだと教えられた。少なくともこの国ではそうなっているらしい。もと庶民の私には分からないが、そういうならそうなのだろう。促された以上行かないわけにはいかないだろう。渋々と足を進めフロアに立つ。足がつりそうになりながら隊長さんの手を取る。


 隊長さんは背が高い。練習に付き合うときは私に合わせ、背を屈めてくれている。あの体制は腰が痛いと思う。その上、足も済まれるのだ。踏んだり蹴ったりとはこの事だろう。


 「姫様にお伝えするのが遅くなり申し訳ありません。お相手は決まっております」


 「私の知ってる人? でも、そうなると相手は限られてくるよね? 管理番しか思い浮かばないけど? 会場には誰でも入れるの?」


 「会場には関係者なら問題なく入れますが、そこで私の名前を出してもらえないのは悲しいですね」  


 「隊長さんだと後が大変でしょう? 陛下の親戚ですもの。波風立てないなら管理番が理想的じゃない?」


 「まあ、そうなんでしょうけど。管理番ではさすがに姫様のお相手としては問題があるかと」


 「私は他に知り合いはいないけど、どなたかに頼んでくれたの? あ、ごめんんさい」


 隊長さんの足を踏みつつ、会話は進む。踏まれても隊長さんの顔色は変わらない。


 踏まれたら痛いのに眉一つ動かさない。隊長さんのこの表情は仮面だろうか?


 私は息が上がりそうなことを誤魔化すために別な事を考える。もちろんこの努力は報われない。


 「陛下が見繕ってくれましたよ」


 「ごめんなさい。陛下がって言う時点で一人しかいないと思うけど?」


 「そうですね。その一人です」


 「隊長さん。私、今からお腹が痛いわ。10日ほど寝込みたいと思うの」


 「姫様」


 「そうだわ。全身が謎の激痛で動けそうにないわ。しばらく休養を取りたいと思うわ」


 「姫様。諦めてください。無理がありますよ。一般的には光栄なお話だと思いますが?」


 「ごめんなさい。私的には光栄ではないわ。先日の一件で話は流れたでしょう?」


 「厨房の件ですか?」


 「そうよ。陛下はご存じないのかしら? そんな事はないと思うのだけど」


 私はフロアの真ん中で足を止め隊長さんを見上げて話をすると、隊長さんも私を見ながら同意してくれた。


 「ご存知ですよ。その上で殿下にパートナーを命じられました」


 「命じた? 拒否権なしって事?」


 「ええ。そうです」


 隊長さんの唇から漏れ出てくる話にため息しか出てこない。


 どーしてこーなった? 私の目論見は外れた? それとも噂が出回るのが遅い? 殿下はそれでいいのだろうか?普通ならこの時期はパートナーは決まっているはずだけど。その人はどうしたんだろう?


 私の頭の中はいろいろな言葉がそれぞれの手を取って踊っている。現実の私はダンスが出来ないが、頭の中ではダンスが出来る様だ。


 頭の痛い話に悩む事しかできなかった。




 明日はドレスの仮縫いがあるという。マナーの方は概ね問題が無いとの事で、ダンスの練習に集中するそうだ。筋肉痛の未来しか予想できない。


 気楽に構えていたデビューに暗雲が立ち込める事に憂鬱になっていく。




 筆頭さん、やっぱりデビューは中止の方向性でお願いしたいです。


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