第155話

料理人たちは姫様の後姿を最敬礼で見送った。


 全員が思うのは、助かった、の一言に尽きる。今回の一件は厨房全員が極刑~重罪、関わっていなくても罰金・強制労働などのどれかに問われるのは間違いなかっただろう。それが姫様の判断で免罪となった。ありえない事だ。


 料理人たちは助かった。と思うのと同時に姫様の身は大丈夫だろうかと心配になった。


 いくら姫様でもこんな勝手な事をすれば、お咎めがあるのではないのだろうかと心配になったのだ。


 料理長と副料理長は料理人たちよりも更に不安に駆られていた。


 立場上これからの予想が付かないはずはない。




 特に料理長は姫様の今後の立場を心配していた。


 料理の説明を求められる事もある料理長は、多くの貴族たちの噂を耳にする。その中にはもちろん離宮の姫様の事も含まれる。噂になっていたのだ。あの姫様は殿下の婚約者候補筆頭であると。陛下が自ら打診しそう望んでいると。




 もし、今回の事で姫様にお咎めがあれば、婚約者候補から外れるだろう。それが貴族の令嬢や姫君たちにとって、大きな問題になることは簡単に予想が出来る。異国から来られているだけでも大変なのに、横領問題で大変な思いをされ、今回は自分たちが嫉妬から反発して、姫様に大きな迷惑をかけてしまった。そんな自分たちを姫様は自らの身を顧みず、見習いを始め厨房全体を庇ってくれたのだ。




 料理長と言う立場にある自分は、本来なら厨房全体を守る立場なのに。


 本当なら、あの場で自分が見習いの罪を言及しなかればならなかった。それなのに一時の感情で厨房全体を危険にさらしてまった。結果として見習い一人守れず、姫様がすべての事をその身に負ってくださったのだ。




 料理長は自分の浅はかさを恥じ、反発したことを後悔していた。見習いも自分を見ていたからこそ、姫様に反発をしたのだ。すべては自分が招いたことだ。自分が受け入れていればこんな事にはならなかっただろう。


 悔やんでも悔やみきれない料理長は苦悩する。姿さえ見えない姫様を見送ったまま悔やんでいると、一人の料理人から声を掛けられる。




「料理長、このパン。姫様が作られたものでしょうか?」


 料理人から差し入れのパンを渡される。




 柔らかい丸パンだ。自分たちが作るより一回りは小さいだろうか。まだ少し暖かいパンを受け取り一口かじる。自分たちが作るパンと全く違う食感。塩味がきつくなく、ほのかに小麦とバターの香りがする。優しい味だ。


 長く料理に関わってきた料理長だからこそわかる。一口で十分だった。


 自分たちと全く違うものだと胸の中にストンと降りてくる。


「陛下が気に入られるはずだ。我々とは違うものだ」


 料理長は、自分には作り出すことのできない料理を姫様が作っている事を理解した。根本が違うのだ。




 厨房が作る料理は味も勿論だが見た目も重要視される。見た目の華やかさや豪華さで権威を表す事もあるのだ。晩餐会や会食では必要な事だ。だからこそ、誰から見ても、誰が食べても華やかで豪華な事を追求する。


 だが、姫様が作る料理は優しいものなのだろう。食べる人に寄り添い、食べる人のためだけに作られるもの。


 このパンだって小さく作られている。姫様は、夕食の準備があるから時間がないだろうと、気にしてくださっていた。手早く食べやすいように小さくしてくださったのだろう。小さな気遣いだが、気が付くことが出来れば嬉しいものだ。


 その人に合わせた料理は温かさや、優しさを感じさせる。それは気持ちを温かくさせ嬉しくさせるものだ。自分たちにはないものなのだ。


 陛下は我々にこの事を学ぶように言いたかったのだろう。




 違うものを学ぶことは恥ずかしい事ではなく、喜ばしい事だ。それなのに。


 始めから学ぶことだと思っていればこんな事を引き起こすことは無かった。


 苦いものが込み上げてくる。料理長は、パンを見つめ自分にできることを考える。




 自分にできることは少ない。しかし姫様は越権行為をしてまで自分達を助けてくれたのだ。ならば、自分もできることをするまでだ。




 料理長は一つの事を思いついた。それを行うため厨房を出て行った。


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