第154話
サロンの中は極寒の雪山(登った事はないけど)を想像してしまうほど寒いままだ。
隊長さんからも冷気が発せられた寒さが追加されていく。私一人遭難しそうな気分だ。この2人の冷気は恐ろしい。が、間違いなく原因は私だ。耐えるしかない。
始めのブリザードは筆頭さんからだ。
「姫様。いたずら?とはずいぶんな事をおしゃいますね? 姫様はご自分の立場をご理解しておいででしょうか?ここにはご自分の国の代表として立っていらっしゃるのですよ? ご自分の発言には責任が伴います。ひいては国許にもその責任は問われることもあるでしょう。それでもいたずらと仰るのですか? 失礼ですが姫様は賢い方だと耳にしていたのですが?」
「言いたいことは分かるわ。私も筆頭の立場なら同じ事を言うでしょう。それでもこの判断を覆す気はありません」
怖い。寒い。体感温度が下がっている。だが、今言われたように自分の発言には責任を持たなければ。言い出したのは私だ。筆頭さんが終われば次は隊長さんが控えている。ここで時間を食うわけにはいかない。
「筆頭。もう一度言うわ。あの子は子供なの。子供には教育が必要だわ。教育されていないのになんでもできるようになれなんて無理よ。教えても同じ事を繰り返すのであれば、その時は躊躇うことなく裁判をすればいいわ。それまでは私が責任を持ちます。身分とは、子供を守るために、何も知らない人たちを守るためにあると思っているわ。今回は私の越権行為、私が口を挟むのは問題がある事も分かっている。それでも、私が口を挟むことで救われる子供がいるのなら、私はこの身分を振りかざすわ。それが許されるもの。隊長さんも筆頭と同じ意見?」
「そうですね。防犯上も宰相閣下のお考えからも離宮に勝手に人を入れるのは反対です」
隊長さんのブリザードは筆頭さんよりも幾分柔らかい。それでも冷たい事と私の意見に反対な事は変わりはない。
自己責任だが厄介なことになったと思う。私の感覚と、この世界の人の感覚の違いを考慮していなかったのは失敗だ。ここまでの反発は予想もしていなかった。泣きそうだ。だが、口にしたからには責任を持たなければならないし、モロモロ(自分の邪な計画を含む)を考えると考えを覆すという選択はなかった。
「わかったわ。二人とも反対なことに変わりはない。ここに人を入れるなら宰相の許可がいる。そう言いたいのよね? では、明日、宰相に時間を作ってもらって頂戴。この件に関して私から説明して、見習い君の事は許可を取るわ。それでいいわね?」
「姫様が閣下に許可を取ると? そこまでされるのですか?」
「私が原因で二人の責任を問われるのも、叱責されるのもおかしなことだわ。それに言い出したのは私なのだから、口にした事には責任を持つわ。私が許可を取るのが当然の事。隊長。明日、時間を作ってもらうよう確認してもらえるかしら。時間は夕食の前ぐらいが助かるけど」
「わかりました。姫様がそこまで仰るのなら明日、閣下に時間を確認しておきます」
「お願いね。筆頭も宰相が許可を出せばこの問題は不服かもしれないけど納得して頂戴」
「かしこまりました。宰相閣下の許可が出るのなら、私が口を出す事ではございませんので」
「では。この問題は明日、確認が取れれば問題はないわね?」
「「かしこまりました」」
隊長さんは納得できないようだが、取りあえずは頷いてくれた。筆頭さんも納得できないようだが、宰相が判断するなら口を挟むつもりはない様だ。
ラスボス戦は明日に持ち越された。
お茶を筆頭さんに頼むと、さりげなく隊長さんは私の後ろに控えた。通常業務に戻るようだ。この問題がここまで大きくなるとは思っていなかったので気疲れをしてしまった。
「お疲れですね」
「こんな問題になるなんて思ってもいなかったわ」
「他の方法もありましたでしょうに。なんでこんな方法を?」
「他に方法なんてあった?私は思いつかなかったけど?」
隊長さんは私の返答に微妙な顔になった。真面目に分からなかった事を強調するために真顔で頷いて見せる。
「見習いの将来を気にされるのであれば、離宮で引き取らずとも、町の食堂に見習いに出すとか。下働き期間を5年くらい決めて料理に触ることを禁止するとか。厨房に所属が出来ないようにして、他の就職先を探させるとか。そんな方法では問題がありましたか?」
私は目から鱗だった。そんな方法があるなんて考えてもいなかったのだ。支配階級の人は思いつくことが違うのだろうか。私では思いもつかなかった。
なるほどと感心していると隊長さんは本当に思いつかなかったのかと信じてくれた。
「本来なら姫様が関わる事ではないので、思いつかないのも無理はないのでしょう」
「ありがとう。慰めてくれて。自分の視野の狭さと、大口を叩いたのに力押しでいい結果をもたらせなかった自分に反省しているわ。こうなったらあの子は離宮でかなりつらい立場になるわね。私が思っていた以上に肩身が狭くなるかも」
「そこは仕方がありませんね。それも含めての罰なのでは?」
そう言われるとぐうの音も出ない。
私はぐったりとしてベッドにもぐりこむ。今日はハードな1日だった。何がハードって隊長さんと筆頭さんの反対だ。これは精神的にかなり応えた。隊長さんが心配してくれてるのは分かるけど、筆頭さんがあそこまで反対するのは想定外だった。
まあ、宰相の許可がないのに、というのもあるのだろうけど。
自分が悪いので自業自得ともいう。今日はいろいろな意味でいい勉強になった。
今日の事を脳内で振り返りつつ、明日の事へ思いを馳せる。
明日はラスボス戦、いや、ラスボスは陛下なのでボス戦だろうか。話の運び方が重要になる。今の時点で隊長さんから大まかな話は伝わっているはず。これに反対か賛成か。
反対されるだろうな。
私は寝返りを打つ。
宰相なら私の希望を叶えてくれるだろう。会うのは夕食前になるはず。
その時間なら厨房での料理教室終了後、そうなればこの時間に会う事が私に有利に運ぶはずだ。
そこを上手く利用したいと思っている。
私の最終目標は、① 見習い君を離宮勤めの配属変更する。② 私は物分かりが悪いという評価を得て、殿下の嫁候補から外れる。
以上の二点である。
明日もハードな一日になりそうだ。
体力温存のために寝ることにしよう。
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