第136話

陛下と宰相は昼食会を終え、後宮へと向かっていた。今日は休みなので執務室に行く必要がないからだ。


陛下は姫のダンスの話が信用できないらしく、もう一度詳しい話を聞いてくる。


「宰相。どういう事なのだ?姫はそんなにできないのか?」


「そのようです。ダンスの講師からも報告が来ています」


「教え方が悪いのではないか?」


「陛下。陛下が仰ったんですよ?いい講師を付けるようにと。お忘れですか?」


「いや、覚えてはいるが」


「安心しました。国で一番評判の良い講師です。そこは問題ないかと」


「では、姫の問題か?」


「そのようです」


「意外だな。なんでもこなせそうだが」


陛下は心底意外そうだ。不思議そうに眉がよっている。自分には難なくこなせる事なので、出来ない人が不思議なのだろう。その間も着々と足は進んでいく。


廊下の奥。日当たりの良いサロンに入る。この様子から宰相は自分に話がある事を察した。




テーブルにつくと、予定されていたようにお茶が供される。宰相は何の話かと身構えざるをえない。姫の事で良い話だった試しがない。それを思うと胃が痛みそうな様子だ。


宰相の警戒を感じたのか、陛下が笑いながら安心させようとする。


「そう身構えるな。難しい話ではない」


「陛下。私は姫様の件で良い思いをした事がないのですが」


「まぁ、そう言うな」


陛下は宰相をなだめつつ、しかし話を止めるつもりはないのだろう、そのまま継続する。


「姫絡みの話だが、姫自身の話ではないぞ」


「では?」


「今日食べてみて思ったのだが、やはり姫の料理は美味しいと思わないか?温かいという事を除いても美味しいと思う。それに目新しい物も多い。調味料が新しいから、という事もあるからそう思うのも無理はないとは思うがな」


「それは否定できません」


「だろう?」


陛下の話が掴めない宰相は無難な相槌を打つが、姫の料理が美味しいのは否定できなかった。


でなければ、今日も一緒に行く事はなかっただろう。宰相としても、姫の料理をもう一度食べたいという欲求を押し殺すことは難しかった。それくらい前回の料理は衝撃的だったのだ。


だが、陛下の話の終着点が見えない。食事会は開かない。その話は決着していた。


姫がダンスの練習をおろそかにする事ができない、という事はわかっているはずだ。嫌々が見え隠れはしていたが、昼食会の時点で陛下は納得したのだ。それなのに今さらどうしたいのだろうか?


「陛下?」


宰相は先を促しながら、答えを出すように促す。この2つは似て非なるものだ。


陛下自身も回りくどいことを反省したのか、次はアッサリと結果を見せつける。


「それでな。前から考えていたのだが、厨房の方で姫の料理を作ってもらおうと思う。どうだ?いい考えだと思わないか?」


「エッ?」


陛下の提案に宰相がポカンと口を開ける。魂が抜けたような呆然とした表情だ。この様子から思いがけない事を言われたのは間違いない。いや、普通ならありえない提案だ。城下から流行したものは城に入るのは時間がかかる。姫の料理が流行してからまだ一年ほどだ。厨房は認めないだろう。


あの料理長が頷くとは思えない。いや、命令だ。従いはするが、どうなるだろうか。


違う意味で問題が起きるのは間違いないだろう。宰相は頭が痛くなった。


どうしてこう問題を起こそうとするのか。ここは宰相自身が説得するしかないだろう。


「陛下。厨房は、あの料理長は納得しないでしょう。姫様と揉めると思いますが?」


「そこは心配ないだろう。あの姫のことだ。上手く収めてくれるだろう。駄目ならその後に考えれば良い。厨房が作ってくれれば、姫に頼む必要もないしな。いつでも作ってもらえる。どうだ?」


「それはそうですが」


陛下からどうだ?と言われれば臣下の立場では否定できない。しかし、料理長の反発も気にかかる。厨房は違う意味で城の一角を担っている。そこと揉めるのは得策ではないはずだ。


どう説得するべきか。ここは正攻法で試すべきか。


「陛下。姫様は今からダンスに集中するはずです。厨房に教えている時間はないかと思われます」


「教えるだけだ、付きっ切りになるはずはない。一回教えれば後は勝手に慣れていくのではないか?」


勝手に慣れるとは、料理人に喧嘩を売るような内容の事を堂々と言っている。料理に慣れるのは時間がかかるし、それなりに練習もしなければならない。料理をしても野営訓練しかしたことのない陛下はそのことが理解できないのだろう。野営訓練時の食事が美味しくない原因の一端を見た気がする宰相だったが、ここで諦めてはいけない。まだ勝機はあるはずだ。


「陛下。姫様はキッチンに慣れるのには時間がかかると言われていました。料理も習得まで時間がかかるのではありませんか?そうなると何回も教える必要が出て来るかもしれません。そこまでの時間は取れないかと」


「何もすぐに作れるようになれとは言わない。姫が時間のある時に教えて、必要な時は時間があるときに教えに行ってもらえば良い。始めだけは来週にでも頼みたいが、その後はデビューの後でも、学校が始まった後でも問題はない」


「つまり、すぐに始めて後は練習次第、必要な時だけ姫に行ってほしい、という事ですか?」


「そういう事だ」


陛下の都合の良い内容を聞いて尚不安が募る。




宰相の眉間には皴が寄ったままだ。その皴について原因の陛下が一言。


「そんなに皴を寄せていたら跡が付くぞ」


原因の陛下にそんな事を言われたくないと思った宰相だった。

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