第112話
筆頭さんを呼び出した。
そういえば、筆頭さんはほぼ離れにいる。お休みはあるのだろうか?他の人も含めて休みの確認をしよう。他の部署はわからないが私のところだけでも、ブラックな働き方はしてほしくないと思っている。
頭の中にメモメモすると、筆頭さんに注意を向ける。
「お呼びと伺いました」
足を一歩引き、頭を下げ礼を取る。滑るようななめらかな動きだ。流石マナーの教師だけはある。私は今後はこの動きを手本とする事になるのだろう。
「忙しいのに悪いわね。少し聞きたいことがあるの」
「はい。何なりと」
「私のデビューが今度ある事を聞いていると思うわ。それに合わせてマナーとダンスの練習が始まるでしょう?その予定を知りたくて。あなたに聞いても良いのかしら?」
「はい。伺っております。どちらもわたくしの方で手配をさせていただきました」
「予定は決まっているのね?」
「陛下からの指示でございます」
「わざわざ陛下が気にかけてくださっているのね。ありがたい事だわ。それで、予定はどうなっているのか教えてもらえる?」
「はい。まずはマナーの方ですがわたくしの方でお教えさせていただきます。ダンスの方は別な講師を手配しております。2〜3日の内に挨拶に伺いますので、よろしくお願いいたします」
「わかったわ。日程はどうなるのかしら?」
「ダンスは週に2〜3日程度でしょうか。毎週始めに予定を立てることになります。マナーに関しては日常でございます。私がその都度お教えする形になるかと。具体的な挨拶の方法などはダンスの無い日に交互にお教えする形になります」
「つまりは毎日授業があるということね」
「はい」
「午前も午後もあるの?」
「いいえ、流石にそれはございません。午後の時間を当てることになるかと」
「毎日、午後に授業があるのね。週末はお休み?」
「はい。週末はございません」
「わかったわ。必要な事だものね」
「よろしくお願いいたします」
「それで、日常なので、と言っていたけど、常日頃あなたから教えられるという事になるの?」
「普段の言動を拝見して、マナーにそぐわない箇所をその都度、注意させて頂く予定です」
私は言葉がなかった。筆頭さんの言うとおりなら私はどこで気を抜けばよいのだろうか?
私の生活は常に人目にさらされている。一人の時間なんてない。前はキッチンに入れば一人だったが今は護衛騎士さんがいる。
背中に冷汗が伝うのを感じた。
私の息抜きがない。護衛騎士さんや侍女さんたちが嫌いなわけではないが、一人の時間は大事だと思っている。私はこの授業メニューに逃げ出したくなる気持ちを持ちだしていた。
しかも指導者は筆頭さんだ、彼女が常に私のそばに居ることになる。彼女は良い人だと思うけど、私と気が合うかと言えばNOな気がする。
なにせ、私の売りは適当さと気楽さ、自分の生活が第一のちゃらんぽらんが本性だ。この硬い真面目な筆頭さんとは合わないと勝手に思っている。
彼女は私の事をどう思っているのだろうか。
一度は嫌なら部署を変わっても良いと言っているのだ、彼女の本心は分からないが良い感情はないのではないのだろうか?
マナーとダンスの授業そのものは仕方がないと理解しているし納得もしている。ただ、毎日の生活に組み込まれるのは遠慮したい。なんとか回避が出来ないだろうか。
わたしの反応を見守る筆頭さんがいた。
見つめ返すとマズイ事になりそうなので、さりげなく(?)視線を逸らす。彼女には露骨にばれている気がするがそこは知らないことにした。
ここからどうしようか。「日常的な練習は嫌だ」と素直に言ってみようか?
落ち着く時間が欲しいと訴えてみることは大事だと思う。自分の意見は口にしないと相手は分からないこともあるし。
話をしないと相手には伝わらない、という考えを元に筆頭さんに訴えることにした。
「先ほどの話だけど、日常的にマナーの練習があるという事よね?」
「はい。マナーは日常的なものですから生活に組み込むことが一番効率が良いのです」
「そうね。効率は大事だと思うわ。でも私は息抜きも大事だと思うの。日常的になっては私の時間は無くなってしまうわ。そこは遠慮したいのだけど」
「姫様。大変申し上げにくいのですが、今までの生活の方が問題だったのです。本来ならこちらにいらした時からマナーの授業はあるべきでした。わたくしどもの不手際です。申し訳ございません」
「貴女の責任ではないわ。そこは気にしないでもらいたいと思っているの。貴女に何かされたわけではないわ。どこにでも悪い人はいる。たまたま、わたしもその人に当たっただけよ。そこに責任を問うつもりはないわ。陛下と裁判がこの問題に対応してくれているわけだし」
「そのように仰っていただけると有り難く思います」
「それは当たり前のことよ。ただ、さっきも言ったけど生活の中にマナーの実習があるのは困るわ。目に余るなら仕方がないと思うけど。生活が息苦しくなるのは、遠慮したいのだけど」
「姫様なら直ぐに慣れていただけるかと」
「慣れたいとは思わないのだけど」
「始めは誰でもそのように考えます。でも毎日の事になれば自然と慣れていきます。どうぞご理解ください」
「慣れたくはないのだけど」
「始めてみて問題があるようなら考えませんか? わたくしは姫様が誰にも侮られることのない、淑女になっていただきたいと思っています」
私は筆頭さんの言い切った口調に底知れない力強さと、揺るがない信念を感じた。
私のような子供の言葉では意見を覆すことは難しい事も。
いつも私が意見を引っ込めているように感じるが、筆頭さんは純粋に私の事を考えてくれているようだ。
ならば一度実行してみよう。ダメなら考えれば良いことだ。
その時は筆頭さんも話を聞いてくれるに違いない。
私は諦めとため息を飲み込み筆頭さんに頷きを返していた。
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