第103話
蒸留酒の方にも一工夫してある。
蒸留酒は当然だがアルコール度数が高い。そのため、飲みやすくするための工夫をしているのだ。
この日に合わせて3日前からお酒を水で割ってある。
割り水と言うやつだ。
それを陶器の瓶に入れ、保冷庫で冷やしてある。
本来ならそれを燗にしたりするのだが、今回はそのままロックで飲んでもらう予定だ。
お酒に弱い人なら、割り水したものを更にお茶などで割っても飲みやすいと思う。
そこは好みなので、その時確認する予定にしている。
意外に思う人も多いらしいが、蒸留酒は紅茶で割っても意外と美味しい。
前の生活のときは私もよくお世話になっていた。割るときは(力強く)無糖をおすすめしたい。
お酒をサイドテーブルに乗せる。
テーブルの上は料理が多いので、別に置く形だ。
「お待たせしました。では、お酒の方を説明させていただきますね。一つは皆様のご存知のエールです。これは揚げ物には欠かせないと思い、用意しました。もう一つは蒸留酒です。瓶に入っているものは割り水と言いまして、蒸留酒をお水で割って数日寝かせたものになります。これはこのまま氷で飲んでも、お水やお茶でわっても美味しく飲めますので、そこはお好みでお選びください」
「割り水?」
「はい。割ったお酒を寝かせることを割り水と言います。寝かせることで口当たりがまろやかになります。喉越しのキツさが少なく、まろやかになるのです」
「初めて聞く話だな。姫は博識だな」
陛下の一言に私は背中に冷や汗が流れる。
しまった。私、お酒が呑めないのに今までガッツリ説明してた。誰も何も言わないから当たり前のように話してたけど!ヤバくない?
陛下の顔はニコニコしているが、目は笑っていなかった。
いつかの陛下との会談を思い出す。
試されているような、お腹の中まで見透かすような視線だ。
どうする?
私の前の生活を話すことは論外だ。頭の変な子供だと思われるだろう。
本で読んだことにするか?どの本か聞かれたら忘れたことにする?
それとも一口試飲をしたことにする? 駄目だ。飲んでもないのに嘘はつけないし、私の倫理観的にも受け付けない。試飲はアウトだ。プラスして法に関わる人間しかいないのに、自殺行為だろう。
商人達に聞いたことにする? 外国の話を聞いてマネしたとか? これならありな気もするけど、バレたら商人に迷惑がかかるかな?
顔に微笑みを貼り付けたまま、私は固まる。
頭の中は高速回転しているが、どれにするか決めきれない。
「陛下。そんな怖い顔をしたら、姫様も怖くて何も言えませんよ?」
「お前は気にならないのか?」
隊長さんが話を逸らすように、陛下に声をかけてくれた。そのおかげで息がつける。
どうしよう? 隊長さんと話してる間に決めないと。
その間に隊長さんと陛下の話は思わぬ方向に進んでいた。
「なにかの本で読んだようですよ? 今日の準備をしている時に姫様が話してくれました。本で読んだだけだから、美味しいと思ってもらえるかな?心配って言ってましたから」
「そう言えば良いのではないか?」
「陛下の顔が怖かったんですよ。さっきも言いましたよね? 女の子を相手にあの顔はないと思いますよ」
陛下と隊長さんの話を聞きながら思う。
隊長さん?
なんのお話でしょうか?私、そんな事、言いましたっけ?
いつのお話でしょうか?
私は思い当たることがなく首を捻るが(気持ちの上で)隊長さんを見ると、穏やかな笑みを浮かべて私を見ている。疑問は尽きないが、隊長さんが私の味方なのは間違いない。
今は余計なことを考えている暇があったら、会食を先に進めるべきだろう。
まずは『料理の許可をもらう大作戦』が無事に、大成功で許可をもらって終わることの方が先決だ。
隊長さんは味方だから、心配ない、大丈夫、そう決めて、勇気づけられた私はこのまま会食を続行する事にした。
「では、飲み物はどうされますか?」
「では、その割り水というのをもらおうか?お前たちも同じで良いな?」
とは陛下だ。疑問形で聞いてはいるが間違いなく決定事項だ。
「早く食べたいからゴリ押しですね」
「他のものは次にしましょう」
他の二人も同意をしたので、割り水を用意した。
全員分の割り水を用意すると隊長さんは待ちきれないように、唐揚げにフォークを伸ばす。
「では、遠慮なく」
遠慮をしたことのない隊長さんがそう言っていた。
負けじど宰相はピザに、陛下はやはり唐揚げに手を付けた。
飲み物は後回しになっている。
いや、唐揚げやピザが気になるのはわかるけど、割り水も気にしてほしい、と思うのは贅沢なのだろうか?
お酒も頑張ったんだよ?
料理と合わせるのは基本でしょう?
少ない選択肢の中で決めたんだから、一緒に味わってほしいよ。本当に。
いじけていた私がいたが、報われる時は来るようだ。
「これは良いですね。ピザと合わせると口の中がスッキリします」
宰相の声が聞こえる。
お酒の事も忘れてはいなかったらしい。
よかった。
私の狙いは外れなかったみたい。
一人でも賛同が得られると安心するものだ。
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