第102話
「では、私はこちらを毒味しましょう。唐揚げ?でしたか。鳥肉なのですよね?私は鳥肉が好きなので」
そう言って宰相は唐揚げにフォーク伸ばす。
隊長さんはそれに『待った』をかけたいようだが、口も手もピザで塞がっているため何もできない。
しかも口の中が熱いので若干涙目になっていて、宰相が唐揚げを食べるのを、見送るしかなかった。
「んんっ」
宰相は口に入れると同時に熱さに驚いたようだ。私も余りの素早さに、熱いことを注意する事が間に合わなかった。
かなり熱いのだろう、こちらも若干涙目になっている。
小さな目がチワワの様にうるうるしていて、可愛いと思ったのは誰にも言えないだろう。
ごめんなさい。宰相。間に合わなかった。揚げたては熱い事を注意したかったのに。本当にごめん。
でも、熱そうだわ~。
熱さに耐えるとき、人は同じ行動を取るのだろうか?
隊長さんと宰相は、申し合わせたようにハフハフして熱さを逃していた。
それが面白くないのは陛下だろう。
つまらなさそうな、不機嫌な顔をしている。
身分上、最初に食べるわけにはいかないし、でも二人が熱い、と言いながら美味しそうに食べるのは羨ましいし。辛い立場だと思われる。
何と声をかけたものか決めかねるが、このままもよくないだろ。
「あのぅ、陛下?」
「何かな? 姫」
「いえ」
とりあえず声をかけてみたが、失敗だったようだ。
顔には笑顔が張り付いているが、機嫌が悪い。
自分だけ食べられないのは、楽しくないもんね。私だって機嫌が悪くなると思う。陛下は悪くない。
同じ立場だったらと思うとゾッとする。
目の前で美味しそうに食べられて自分は食べられない。何の拷問だろうか?
こんな事はしたくはなかったが、諦めた私は二人に注意する事にした。
私の立場(調理者)ではアウトだが、陛下が気の毒すぎる。これだけ食べて何も起こらないのだ、毒が入ってないのは、ここにいる全員(護衛騎士を含む)が理解しているだろう。
「宰相、隊長さんも、もういいでしょう?」
「「どうでしょうか?」」
「いい加減にして、食べ物の怨みは怖いのよ?私が陛下の立場なら間違いなく怒ってるわよ?毒見役の意味を知ってるから何も言わないの。そこに付け込まないで。自分たちがやってる事、わかってるわよね?意地が悪いわよ」
私の言い分に隊長さんが不本意そうな様子で答える。
「だって、美味しいし。なくなるし」
なんだ?その言い訳は。子供か? うん? 子供なのか?
ツッコミを入れたくなる。
何も言わないが宰相も似たような言い分なのだろう。
横で重々しく頷いていた。宰相?格好はつけてるけど、やってる事は聞き分けのない子供と同じだからね? わかってる?
しかし、このままではきりがない。食欲は人間の欲求の一つ(そう大げさな話ではない)だ。そう簡単に諦められるとは思えない。私は諦めのため息をつく。隊長さんは何かを察したのか、私を窺うように見た。
その隊長さんをジと目で見てる。
仕方ない。切り札を出そう。
「いいわよ? じゃあ、隊長さんは唐揚げはいらないのね? 宰相はピザはなくても良いですよね? 意地悪する人にはご飯は出しません。これは私の決めたルールです。どうします?」
「「すいませんでした」」
息があった返事が返ってくる。
それを聞いた私はニッコリ(擬音付き)と笑ってダメ押しをする。
「皆で仲良く(ここ大事)食べてくれますよね?」
「「はい。もちろんです」」
いい子のお返事があった。
「だ、そうです。陛下もどうぞ。せっかくなので、お酒も違うものを用意しています。それもお持ちしますね」
「すまないな。姫、ありがとう」
陛下は安心したような、嬉しいような、情けないような複雑さを感じさせる苦笑いだった。
9歳の子供にとりなされたのだ、気分も複雑になろうと言うもの。
私はもう一度、キッチンの中へ戻る。
揚げ物、アツアツメニューには2種類のお酒を用意した。
一つは定番のエールだ。揚げ物には欠かせないだろう。
もう一つは蒸留酒の水割り、もしくはロックだ。
本来なら炭酸系の飲み物で口を洗い流すのが良いのだが、炭酸がない。
苦肉の策で、冷たい飲み物で温度の対比を作ることにしたのだ。
口を洗い流すのはエールの役目とした。
エールのほろ苦さで、口の中は一新されると思いたい。
当然だが、グラスも冷やしてある。持つグラスが冷えていると、美味しさも温度も保たれやすいので、外すことのできないない作業だ。
トレーにグラスとお酒を乗せて運んでいく。
3人とも冷えたグラスに目を奪われていた。
こちらではグラスを冷やす事はしない(管理番情報)ようなので、目新しいのだろう。
「姫様。これは?」
「一つは冷やしたエールになります。もう一つの方も冷やした蒸留酒です」
「いえ、それもですが。このコップは?白いようですが?」
宰相は温度差でコップが白くなっているグラスを、新しい商品と思ったのか、それとも単純に不思議だったのか、疑問を解消するために聞いてきた。
やはりこちらではグラスを冷やす事はしないようだ。
私は少し勝った(何に?)気分になり、頬が緩むのが止められなかった。
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