第91話 閑話 管理番の思い

私は王宮に勤めて5年過ぎになる。


私の仕事は、王宮に入荷する全ての品物を管理することだ。それは献上される物も含まれる。


それこそ、紙の一枚、果物一つ、陛下や殿下の衣服に至る布地や、献上される宝飾品まで全てだ。


ある意味、王宮にある品物で私の知らないものはないと言える。




王宮に仕入れられるもの、持ち込まれるものは、周辺諸国で貴重な品から、変わったもの、珍しいものまで集められる。陛下に気にいられるため、珍しいものなども集められるからだ。


その意味では、私は珍しいものにも詳しいと自負していた。


姫様に会うまでは。




姫様にお会いしたのは、この国が少し肌寒い季節になってきた頃だ。


食材を探していると、呼び出されたのが初めての出会いだった。




王宮の中ではあまり噂を聞かない方だった。


私も離れにいらっしゃることは知っていたが、それだけだ。我儘や、何かほしい、とかも聞いたことが無かったし、欲しい物の希望も聞いたことがなく、私の部署に要望がきたこともない。それだけおとなしい方だと思っていた。 




しかし『姫』の肩書を持つ方だ。


実際はどんな方かわからない。


噂だけで、実際は違うことも多いため、お会いするときは緊張していた。


成人していない方だ。分別なく、無邪気に、どんな無茶を言われるのかと、身構えてもいたのだ。




お会いすると、別の意味で驚かされた。


私に気を使ってくださるのに、自分の希望もきちんと口にされていたし、だからといって、無理な要求はなかった。お願いはあったが。




そして、博識だった。調味料や野菜。調理器具に嗜好品に至るまで、細かく聞いてこられる。私の方が無知で恥ずかしくなり、泣きたくなっていた程だ。




口籠る私を見ると姫様は、サッと質問を変えて来られる。内容を私に合わせてくださるのだ。


立場上、私が提案し、品物をお教えしなければならない立場なのに。




自分の無知のために、王宮の品揃えが悪いと思われるのは、不本意だった。姫様は『なかったら仕方ない』と、仰ってくださったが、私のプライドがそのままにはしておけなかった。




入職から親しくなった城下町の商人がいる。


年齢も近いせいか話しやすく、付き合いやすかったので親しくなったのだ。




その商人なら知っているかも、と思った。私には心当たりがあったのだ。商人から売れなくて困っているものがある、と聞いていたし、その商品の事も少しは教えてもらっていた。王宮で使えないか検討もした事もあったのだ。


実際は料理長から不要と言われ、実現はしなかったが。




翌日、仕事に来た商人を捕まえ、姫様のお尋ねの物がないか確認したら、今度は商人が驚いていた。


この辺では扱っていない品のようだ。私も仕入先までは聞いていなかったので驚いた。なぜ姫様はそんな物を知っているのか?国で扱っていらっしゃったのだろうか?


疑問はつきない。




品物を直接お見せしたいから、姫様にお会いしたいと商人に言われた。




しかし、離れに簡単に人を連れていくわけには行かない。許可を取るのも難しいだろうし、あの侍女長が許可をくれるとは思わなかった。


初対面の時に良い印象が持てず、気難しい感じがしたので、許可はもらえないような気がしたのだ。


だから断った。


だが粘られた。




説明は自分にしか出来ないし、他に欲しいものがあったときも自分にしか、わからないだろうと。


確かに、否定は出来なかった。私ではわからない事だらけだったし、姫様の要望に、私では応えることが出来ないだろう。




そう思うと断りきれず、許可をとらずに直接連れて行き、姫様の許可を貰うことにした。姫様が断れば諦めるだろうし、商人も納得するだろうと考えたからだ。




姫様はあっさりと商人と会われた。嫌がる様子もなく、朗らかな様子で話をされ、品物の確認をしている。やはり姫様がお探しの物のようだ。姫様はなぜ知っておれるのだろう。


私も知らない、この国では知っているのは、商人ぐらいのものだろうか。


まだ小さくていらっしゃるのに。




実際の年齢は9歳との事だが、身体が小さいので7歳前後にしか見えないのに。いや、外見は関係ないだろう。頭の中は大人と変わらないような気がしてならない。




それでも、私は姫様のお探しのものを見つけられた事で、肩の荷が降りた気持ちだった。




しかし、そこから姫様の規格外の言動が始まる。


自分の目を疑ってしまった。商人を相手に交渉を始めてしまわれたのだ。


商人を相手にも一歩も引く様子が見られない。


ハラハラしながら様子を見ていると、部屋を出されてしまった。


私には聞かせられないようだ。姫様や商人の事が気にかかり渋っていると、心配ないからと出されてしまった。


ドア越しに見ていると穏やかに話しているようだ。


私には理解できないが、話は纏まったようだ。




良いことなのに。安心したが、なんとなく疎外感を感じてしまう。


商人を連れてきて、姫様に紹介したのは私なのに、と小さい事を思ってしまった。




そこからはトントン拍子に話は進んでいく。




私は月に2回、商人は1回、姫様をお尋ねして商品の確認や、販売の方法を教えて頂くことになった。


離れを訪れる度に、姫様が料理を振る舞ってくださる。『商人に使い方を教えるからついでだ』と言われるが、恐れ多い事に姫様の御手作りだ。私などの身分では考えられない。その上、姫様の料理は信じられないくらい、美味しいのだ。


今まで食べてきた物が、料理と思えないほどに。




そうなると私は離れに行くことが、指折り数えるほど楽しみになってしまっていた。


仕事の一環として伺っているが、実際は仕事は二の次の気持ちになっていた。




自宅でも、商人から発売されている調味料を使っている。しかし不思議と姫様と同じ味にはならない。何か秘密があるのだろうか。姫様に聞いてみたい気持ちもあるが、ご好意に甘えすぎかとも思っている。だから聞くことは出来ないでいたが、商人は気にせずなんでも聞いている。


羨ましいが私には真似が出来ない。




姫様は朗らかで、身分を気にすることなく、私や商人に接してくださる。


身分を嵩にきてわがままや、無理を押し通すような事は一度もなかった。どちらかと言えば、私たちと楽しく過ごせるようにと、気を使ってくださる方だ。離れに行く度に『いらっしゃい』と笑顔で迎えてくださる。




品格維持費もなく、外出も制限されている中でも腐ることもなく。


与えられた中で穏やかに、いかに楽しく過ごせるかを考えて過ごされている。その先が料理をされることなのだろう。私たちが来てくれる日が『楽しみだ』、とか『食べてもらえるから張り切ってしまう』と言われていた。私の方が楽しみなのに。




私は姫様から頂くばかりだ。品物をお持ちするが、それは仕事の一環で、私自身の物ではない。


姫様は助かっている、と笑って言ってくださるが、私自身として何かお返しをしたいと思っている。




いつかそんな日が来たら、姫様のご厚意に報える日が来たら、頑張ろうと心に誓い、姫様御手作りの唐揚げを口に運んだ。


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