第42話

「…私が美味しくないと思ったらどうなりますか?」


「どうにもならないわ。美味しくない料理の調理法は知らなくても良いんじゃない?美味しくない物は作らないでしょう?」




肩を竦めながら答えを返す。


無理強いをするつもりはない、ダメならダメで別な方法を考えれば良い。


第一、この台詞は交渉の呼び水と考えるのが妥当だろう。




「確かに…。では、料理法を教えていただいたとして、お渡しする材料はどの程度になりますか?」


「あら、そうね。量のことは考えてなかったわ。どうしましょうか? でも、その前にあなたはこの条件をどう思う?良いの。そこからじゃない?」


「そうですね…」




商人の反応から見て乗り気なのは間違いないだろう。濁すことで交渉を有利に進めたいらしい。それに乗りたくはないので、一つづつ決定していく方が商人の思惑をかわす方法になるだろう。




提案に乗りたいが、どうするか?迷う様子が見て取れる。私の話が本当なのか、そこもはかり兼ねているのだろう。ここで急かすのは良くない。自分の口から『諾』を言わせるのが必要だ。焦ることなく返事を待つ。




待つがなかなか返事が来ない。


本当に返事がない。


おかしいなここまで迷うとは思ってもいなかった。 




「決められないの?」


「そうですね。いろいろ決めかねています。何よりわたくしは姫様ご自身の事を教えていただいてないので…」


「そうね。お互い初対面だし。信頼関係はできてないわね…直ぐに決めろとは、言えないわ…」




これは迂闊だった。今日が初対面。しかも相手は9歳の子供。しかも一応は『姫様』と呼ばれる身分だ。身分差のある契約は心配だろう。どこからダメ出しが来るか分からない。その隙間を埋めるのが信頼関係だ。信頼関係がない。その差を埋めるための相手への理解もない。知らないものを直ぐに決めろとは言いにくい。


何か実績が必要だろう。


その上で決めていくのが妥当だと考えるべきだ。特に私と商人とでは大きな身分差がある。勝手に約束を反故にされては商人も堪らないだろう。




「知らない人間を信用しろとは言えないわ。そこは理解できる。特に私は子供だしね。だから、私が作ったものをたべて、その上で決めるのはどうかしら?私が交渉相手として価値があるかどうか信頼しても良いと思えるかどうかを決められると想うのだけど…」


「宜しいのですか?」


「もちろんよ。口に合わなければこの話、なかった事にしても良いわ」


「自信がおありなのですね」


「そんなことはないわ。出来ることを精一杯するだけよ」


「では姫様のお言葉に甘えさせていただきたいと思います。」


「材料は使わせてもらうわね。この材料で作らないと意味がないから。それとも一般的な物の方が良いかしら?」


「とんでもありません。私が持ち込んだ物を使ってください。楽しみです」


「期待を裏切らないようにしないとね」




私はこの交渉が上手く行きそうな予感を持っていた。


何を作るのか考えながら席をたった。


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