第26話

侍女はあくまでも私自身に撤回を促したいらしい、無言の圧力をかけてくる。いつもなら直ぐに撤回するところだが今回は私も引く気はない。私自身の生活に大きく関わってくるからだ。もっと正確に言うと生活の質、快適さに大きく差が出てくる。




どうしようか、決定として命じるのは簡単だけど、ただでさえ良くない関係に拍車をかけて関係性が悪くなる気がする。 それは避けたいな…




私と侍女の二人は黙って向かい合う。なんとく乾いた空気が流れているようだ。


「さっきも言ったけど、あなた達の手間を増やす気はないわ、キッチンの中の管理は私自身がするのよ? それでも問題があると言うの? それに、キッチンを作ってくださったのは陛下だわ、陛下が許可を出してくださったようなものよ?」


「…」


私は虎の威を借りる狐になる。陛下の名前を出してみた。私自身にはともかく、陛下の意向を無にするのは難しいはずだ。


「だめなの?陛下に許可をいただかないといけない?」


「…それは」


侍女は難しい顔をしている。わかってはいるけど、やっぱりというような感じで躊躇っているようだ。


「怪我をされたら、包丁など危ないものも多いですし」


「えっ…」




怪我?怪我をするといけない、と思ってたの?


私は予想外の反応に戸惑っていた。手間を心配していると思っていたから。怪我の心配をされるとは思っていなかったのだ。




私が黙ってしまったので侍女が更に言い募る。


「他にも、姫様はまだ9歳でございます。流しの方が高いでしょう。鍋やお湯をこぼしてしまったら、大怪我をされてしまいます。傷ができるなどもっての外です」


キッパリとした口調で侍女が言い切る。


怪我の心配をされていると思っていなかった私は戸惑ってしまった。








「怪我…」


「はい、台所は安全な場所ではございません」




確かにキッチンは安全な場所ではない。いつでも小さな怪我はつきものだし、下手をすれば大やけどをする可能性もある。




しかしなぜそんなことを言い出したのだろう。


自慢ではないが私と侍女たちの関係性は決して良くない。喧嘩をしているわけではないが、お互いを理解しているわけでもないし、思いやりを持てるような関係性もできてはない。


どちらかと言えば、ドライな関係だ。


仕事として世話をする。仲良くなる気もなければ信頼関係を作ろうとする様子も見られなかった。




それなのに、今頃怪我の心配?


なんか、おかしくない?


そんなことを気にするかな?


私が子供だから?


精神年齢は別にして、見かけ上は9歳だ、その子供に料理をさせて怪我をしたら外聞が悪いかも…


もしかしてそのへんかな?




私はどう話を持っていくか考えた。怪我の可能性はもちろんある。だがその程度でキッチンを使わないという選択肢はない。


それだけは断言できる。私の快適な生活と美味しい食事がかかっているのだから。


私は目を閉じる。


頭の中で話すことを整理していく。




「心配してくれてありがとう。確かにキッチンは安全な場所ではないわ。お湯や油もあるし。フライパンだって足の上に落とせば危ないし。包丁は手を切るかもしれないし。」




私はまずお礼を口にした。どんな理由であっても心配してくれたのだ、まずはそのことには感謝をするべきだろう。


そして、私は思いつく危険な事を並べてみる。私が危険を理解していることを、わかってもらうために、彼女が心配しているであろう事を口にしてみた。




実際、侍女は私が口にするたびに一つ一つ頷いていく。そのとおり、と言いたいようだ。


その上で私はその上でに2割増の笑顔で話を続ける。


「私が危険なことを理解してることはわかってもらえたかしら?」


「はい、姫様がわかってらっしゃるようで安心しました」


私が諦めてくれると思ったのだろうか、私の話に乗ってきてくれた。




申し訳ないが私は諦めるつもりはない

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