第29話

わたしはおじさんの様子を見ながらもう一つの話も加えていく。洗濯やお湯の配布方法についてだ。洗面器を使うにしろバケツを使うにしろ片付けの問題も考えておかないと,サービスを始めてからこんなことがあるなんて思ってもいなかった、なんて思って後が続かなくなる。良い事ばかりではなく、悪いことも考えておく必要があると思う。何かを始めるときは最悪の想定も必要なものだ。考えていても考えを上回る事態は起こるはずだ。


「槙代についてもですが、他の設備も考えておかないといけないと思います」


「タオルとお湯を渡すんでしょう?ほかに何かある?」


おばさんはキョトンとしている。こうしてみるとリサと雰囲気が似ている。親子とだな、と感じる瞬間だった。わたしはそのことは胸に収めつつ説明を追加していく。


「そうです。そうなんですが、洗面器にお湯を入れて渡すとして、洗面器をいくつ用意しますか?宿屋が満室になった場合、全員に一度に渡すことはできませんよね?タオルだってどのくらい用意するのか?濡れたタオルを渡すわけにはいきませんよ。どのくらいの量を用意するのか。雨の日は乾かないことだって考えられます。その時はどうするのか。タオルを持って帰るお客様だっているかもしれません。その対策だって考えておく必要があります。それに一番の問題としてまずは部屋に持っていくのか、別に場所を用意してそこに来てもらうのか、そこから対応も変わってくると思います」


「なんか考えることばっかりだね」


お兄さんが始めて発言した。ネガティブな発言だが、現状に即した発言としてはあっていると思う。何かを始めるときは考えることが必要なのだ。わたしはお兄さんの発言を否定することはしなかった。現状を理解していると思えたからだ。


「そうですね。何かを始めるときは考えて行動することが大事です。何も考えずに始めると失敗して時に慌てる事になりますが、考えておけば慌てる事が少しづつ減らすことができると思います」


「パルちゃんっていつもそんな事ばっかり考えてるの?リサと同じ年とは思えないね」


お兄さんはリサを引き合いに出してわたしの事に言及した。今日、この家族の中でリサの名前が出てきたのは初めてだ。名前が出たついでにリサの事をどう思っているか聞いてみたい気がした。今なら考えを聞けるだろうか?リサの事をどう考えているのだろうか?


余計な事を考えている間におばさんから質問が入る。別なことを考えている余裕はなさそうだ。


わたしは考えを切り替えるとおばさんに向き直る。


「部屋に持っていく、ではだめなの?」


「ダメではありません。ただ、手間がかかります。もちろん、手間を増やすつもりで始める事なので、それでも良いと思うのですが。減らせるものは減らしたいのが気持ちの上ではあります。それに無理をしすぎると何事も続かないので」


「そうね、しなくて良い事ならなるべくしたくないしね」


「はい。それにこちらは家族経営です。手伝いにも限界があります。それに男の人の部屋にリサを一人で行かせるのはちょっと、とも思います。危険は少ない方が良いでしょうし」  


「パルちゃん?」


おばさんが上ずった声を出す。リサと同じ年のわたしから女の子の安全について話があるとは思わなかったのだろう。おじさんとお兄さんは下を向いてしまっていた。二人には申し訳ないが危険はどこにでもある。用心して回避できるものは回避するに限ると思う。お兄さんはともかくおじさんからはリサの安全に対して同意してほしいものだ。安全性に危機感のない事に少し憤慨しながらわたしは話を続けていく。

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