兄妹の語らい 選ぶべき未来



 人魔大戦が終結した日――終戦記念日に制定されたその日は、父様と母様の記念すべき日でもある。

 俗に言う結婚記念日ってやつで、我が家でだけは世間とは別の意味で祝い、喜ぶ日になっている。



「いってらっしゃい! パパ! ママ!」


「留守は任せてください。楽しんできてくださいね!」



 そんな記念日となる今日、僕とソフィアは留守番を買って出て、父様と母様にお出掛けでもどうかと提案した。

 最初は何をしたら良いかと母様は迷い、父様も年甲斐もなく照れて恥ずかしそうにしていたけど……二人揃ってピクニックに出掛けるということになったんだ。


 まあおおやけに婚姻の儀式を行ったわけでもないし、未だ女性経験の無い僕でもに何があったのかは分かっている。とはつまり、母様が僕を身ごもった日だからだ。

 だからか、おおっぴらに記念日などと吹聴することもなく、例年通りなら家族で慎ましやかに、少し豪勢な食事を囲んで語らう日になるはずだった。


 だけど。



「セロ、ソフィア。気を使ってくれてありがとうございます」


「僕は何も。ソフィアが思い付いたんですよ」


「そうであったか。ソフィアよ、感謝するぞ。行ってくる」


「いいって~! パパもママもあたしたちにずっとかかりきりだったじゃない! 今日はあたしたちのことは忘れて、楽しんできてね!」



 そう。僕の妹であるソフィアの思い付きで、両親に結婚記念日を夫婦水入らずで楽しんでもらうことになったんだ。なんでも村のおばさん達との会話で、記念日にすることや旦那にしてほしいことなどの話題が挙がったらしい。

 ほんと、ソフィアのコミュニケーション能力だけは真似できないね。あの人懐っこさも、嘘を吐けない真正直なところも、僕には無い彼女だけの強さだ。だからこそ、噂好きのおばさん達にも可愛がられてるんだろうね。


 そうして、軽い食事の入ったバスケットを父様が持って、母様達夫婦は村の登山口から森へと入っていった。

 多分、森の奥に行った所の湖に行くんだろうな。父様が釣り竿も持ってたし、そこで釣りでもしながらのんびりと語り合うんだろう。


 ……僕にも、いつかそんな相手ができるのかな。

 そんなことを、森に消えていく両親の背中を見送りながら考えていると。



「お兄ちゃんも、早く彼女作らなきゃね?」


「ぶっ!? な、何言い出すんだよソフィア!?」


「だって、パパとママのこと羨ましそうに見てるから」


「それは……ッ」



 ホントに、どうしてこうもおマセさんに育っちゃったんだろう。やっぱり僕と違って、ずっと村のおばさん達に囲まれてたせいかな?

 僕は六年くらいは、村の外で旅をしながら育ったからね。やっぱり村の生活しか知らないソフィアとは、その辺の感性が違うみたいだ。



「でも、大変だねお兄ちゃん?」


「ん? 何が大変なのさ?」


「だって、ママより綺麗なヒトなんて、探しても居ないかもよ? お兄ちゃんが惚れちゃうような女の子なんて、この世に居るのかなぁ?」


「…………ッ!?」



 た、確かに……!? 男の理想は母親だなんてのは良く聞く風説だけど、その理想の母親が美人すぎるのもどうなんだろう……!?

 母様は孤児院育ちとは思えないほど品があるし、物腰も丁寧でいつも微笑んでいて……何より色んな意味でとても強い女性ひとだから……。他の女性と母様を比べるのもおかしな話だけれど、確かにそういう意味では僕の中での理想の女性像って、かなり高水準なのかも……!?



「……魔王の息子が一生独身って」


「ちょ、やめろよソフィア!? 洒落シャレになってないから!!」


「あー、でもあたしも一緒かぁ。パパやお兄ちゃんよりカッコよくて頼りになる人なんて居るのかなぁ?」


「……分かんないだろ? 人間族には居なくても、もしかしたらエルフ族とか獣人族には……」


「まあ、それもそっか。半魔とはいえ、あたし達の寿命は人間族よりは長いはずだもんね。のんびり探せばいいよね!」



 ソフィアに恋人か……。

 なんか、ちょっとムカムカするかも。なんていうか、僕より弱いやつには任せたくないっていうか……



「お兄ちゃん? お兄ちゃんやパパより強い人なんて、多分居ないからね? そんなことで判断しないようにね?」


「うっ……わ、分かってるよ。ソフィアこそ、その時になってもそんなこと言い出さないでくれよ?」


「それはどうかな~。男のお兄ちゃんには分からなくても、女には分かっちゃうことだってあるからね」


「なんだよそれ……?」


「まあまあ安心してよ。お兄ちゃんが悪い女に引っ掛からないように、あたしが守ってあげるから!」


「何も安心できないんだけど……?」



 何さ、女には分かっちゃうことって!? え、怖いんだけど!?


 そんな風に愕然とする僕を置いて、ソフィアはさっさと家に向かって歩き出していた。

 僕は釈然としないものを感じながらも、そんなおマセな妹の後を追って家路に就いたんだ。





 ◇





「あーーーー!! また負けたーー!!? ちょっとは手加減してよお兄ちゃん!」


「手加減ばっかりじゃいつまで経っても上手になれないだろ? だいたいソフィアは手が素直すぎるんだよ」


「そんな搦め手ばっかりの陰湿な女が好みなの!?」


「誰もそんな話してないだろ!?」



 父様が街で見付けて買ってきた遊戯盤で、ソフィアと勝負する。

 戦略性を突き詰めた陣取り合戦みたいなゲームで、自分の駒を使って相手の王様を追い詰めるのが目的だ。父様と寝る前とかによく打つんだけど、どうもソフィアのお気には召さないらしい。


 ちなみに、家で一番このゲームが強いのは母様だ。

 魔族の気質か、父様はここぞという時には力攻めが多いっていう癖があるし、ソフィアに関しては言わずもがな。僕は慎重すぎるってよく注意されるかな。


 戦争中は軍の中枢で戦略考案や指揮も担っていた母様はすごく戦いにくい手を打ってくるし、こっちの狙いも高確率で見抜いてくるから、一戦一戦が本当に気が抜けない戦いになっちゃうんだよね。まあ、ゲームだから楽しいだけで済んでるから、別に良いんだけど。



「ねえ、お兄ちゃん」


「ん?」



 そんなゲームの駒をまた初期の位置に戻しながら、ソフィアが声を掛けてくる。

 僕は次はどう攻めてやろうかと考えながらも、そんな妹に視線を向けた。



「お兄ちゃんはさ……ママが言ったこと、どうするつもりなの?」



 そう尋ねながらその手に持っていたのは、ゲームでは〝女王〟の役割を持った駒だ。それに母様を重ねているのか、じっとその駒を見詰めながら、ソフィアはポツポツと言葉を続ける。



「ママが加護を失ったとしても、別に死んじゃうワケじゃないんでしょ? なのにどうして、ママはそんなに早くあたしたちに独立してもらいたいのかな……?」



 マセていても、こまっしゃくれていても、この子はまだ十歳の女の子。父様や母様にとってはそれこそ目に入れても痛くない娘だし、僕にとっても守るべき大切な妹だ。そんな妹がポツリとこぼしたのは、両親から離れないといけない寂しさだろうか。


 確かに、僕はもう二十年も両親と一緒に居る。父様に鍛えられて一緒に狩りもしているし、冒険者として依頼に出掛けたりもしているし、母様と一緒に色んな街を見て回ったりもしたことがある。

 対してソフィアは……妹は。産まれてからずっとこの村で暮らしてきて、僕のように外の世界を旅したことも無いし、まだ幼いから森にも一人では入れない。何よりもまだ十年しか、両親の、家族の元で過ごしていない。


 比較対象となる僕が居るのもあるんだろう。僕のことは二十年も面倒を見てたのに、どうして自分は十歳そこそこで……って、そんな気持ちを抱いても仕方ないのかもしれない。


 でも……。



「……僕には、なんとなくだけど分かる気がするんだ」


「なにが……?」



 ずっと、それこそ産まれてからずっと傍に居てくれた母様の思い。魔王の息子で、本意からでなく成したこの僕を、それでもずっと慈しんで、愛して育ててくれた、一人の女性の思い。

 そりゃあ打算だって始めはあったかもしれないけど、それでも敵の首魁だった相手の子供を育てるなんて、どれだけ強い覚悟で決意したんだろう。


 今も、そして昔も変わらずに。

 誰よりも誇り高くて強いあの人は……母様は。


 それでもたった一人の、人間の女の人なんだ。

 かつての戦友達から一人離れて、育てられた孤児院にも帰れず、国からも教団からも裏切り者と言われて。それら過去のすべてに背を向けて、顔を背けて。


 それでも、父様を選んだんだ。僕を産んで育ててくれて、妹のソフィアまで産んでくれた。

 そんな、どこまでも強く真っ直ぐな母様でも……どんなに僕が尊敬して止まなくても、ソフィアがいつまでも一緒に居たいと願っても…………やっぱり〝人間〟なんだよ。



「ソフィアもさっき自分で言ったじゃないか。僕らは半魔。寿命は純粋な魔族と比べたらそりゃ短いかもしれないけど、それでも人間族よりは遥かに長い生を授かっている。そしてそれは……父様だって一緒なんだ」


「どういうこと?」


「純粋な魔族の父様だって、人間族より遥かに長い寿命を持っている。下手をしたら、後から産まれた僕らよりもまだ長く生きるのかもしれない。だけど、母様は……」


「…………あたしたちの、誰より早く死んじゃうんだね……」



 母様も言っていたことだ。

 母様は僕らの誰よりも寿命が短い。あの明るくて元気だった村長夫人ですらも、六十半ばで亡くなってしまった。でも、きっとそれだけじゃないんだ。



「父様はね、変わらないんだ」


「…………?」



 僕の言葉に、理解ができないと言いたげに首を傾げるソフィア。

 そんな可愛らしい仕草を見せる妹に苦笑しながら、僕は、恐らくだけれど母様の核心を突く。



「僕が産まれてもう二十年も経っているけど……父様の見た目ってさ、僕が物心着いた時から全然変わってないんだよ。ずっと、ソフィアが産まれてからもずっと変わらないで、若いままなんだ」


「――――ッ!?」



 考えないようにしていた、敢えて思考から追い出していたその事実。

 外出する時は魔法で姿を偽っていはいたけれど、家の中ではその隠蔽も解いていた。そうして現れた顔は、昔と何一つ変わらないままで。


 ソフィアもその事にようやく気が付いたのか、目を見開いてしまっている。

 僕らはまだ良いんだ。僕らだって長生きするだろうし、何よりまだまだ人生これからなんだから。


 だけど、母様は……?

 父様はずっと若いままで。僕とソフィアもある程度成長したら長い間若い姿を保つだろう。そんな中でただ一人。人間である母様だけが、一人歳を取って老いていく。


 なんて残酷なんだろうって思う。

 家族が変わらないのに自分だけ年老いるなんて、どれだけの恐怖だろう。


 その事を理解したのか、同じ女性ゆえに余計に気持ちが分かってしまうのか。

 ソフィアが、ポロポロと涙を流して俯いてしまった。


 遊戯盤に涙が落ち、徐々にその染みを大きく拡げていく。



「母様だって、怖いんだと思う。子供より先に親が死ぬのは普通のことだけど、それでも僕らはあまりにも違いすぎるんだ。だから、そんな母様を安心させてやらないと」



 女神様のためになんて母様は言っていたけど、きっと誰よりも不安なのは、他でもない母様なんだ。

 半魔の僕らよりも寿命が短くて、魔族の父様よりも身体が脆くて。ちょっとした病気や怪我でも、簡単に死んでしまう自分の生き物としての弱さを、恐れているんだと思うんだ。


 僕を、ソフィアを愛し育ててくれた母様のために。

 子供の頃から孤独で、そしてせっかくできた繋がりも断ち切って僕らを選んでくれた母様のために。



「ソフィア、一緒に強くなろう。母様が安心できるように。手を放しても大丈夫だと思えるように」


「…………うん……っ」


「大丈夫、まだ三年もあるんだ。焦らなくても良いんだよ。ソフィアが困ったら、お兄ちゃんの僕が助けてあげるから」


「うん……っ!」



 ついに本格的に泣き出してしまったソフィアの近くに寄って、抱きしめながら。

 父様と母様が留守なだけで、随分と寂しく感じる僕らの家の中で……そうして僕とソフィアは、僕らが歩むべき未来を考え、語り合ったんだ。




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