目覚まし


”だから、ほんとごめんて!どうしても今日は・・・・”

「もう、いいっ!」


叩きつけるような口調でそう言うと、星羅はスマホの通話を一方的に終えた。

星羅だって、本当は分かっていた。

千早が悪い訳ではないということは。

職務上、どうしても仕方がない事なのだろう。

それでも。

どうしても、星羅は今日、千早に来て欲しかった。

千早に会いたかった。

会って、そして。

ギュッと抱きしめて欲しかったのだ。


誕生日だと言うのに、朝からまるでついていない事ばかりで。

通勤電車は、車両故障とかで途中で止まってしまい、会社に着くまでにかなりの苦労を強いられたし。

着いたら着いたで、星羅の前任者が行った対応での過去のミスが発覚し、そのリカバリ対応やら先方へのお詫びやらで、てんやわんやで。

へとへとに疲れて帰ろうと思った矢先に、今度は至急対応の急な依頼が舞い込む始末。

甘えるのはどちらかと言えば、いつも千早の方だけど。

星羅だって、こんな日くらいは、千早に甘えたいと思ってしまう。


底抜けに明るくて、驚くほどに気が利き、呆れるほどに甘やかしてくれる恋人、千早に会いたい。


そう思ってしまうのも、無理はないこと。

だから、会社からの帰り道で、星羅は千早に「会いたい」と告げたのだったが。


断られてしまったのだ。


(千早のばかっ、千早のばかっ、千早のばかっ!)


八つ当たりのように心の中で繰り返しながら、星羅は途中のコンビニで缶ビールとつまみを大量に買い込むと、1人、家へと帰った。



「星羅」

「・・・・ん?」

「星羅ちゃん」

「・・・・ちは、や?ゔっ・・・・」

「もう起きないと、遅刻しちゃうよ?」


ガンガンと頭の中から金づちで叩かれているかのような頭痛を堪え、やっとの思いで体を起こしながら、星羅は辺りを見回す。

だが、そこに千早の姿は無い。

あるのは、千早の全身写真がプリントされた、抱き枕だけ。


「星羅ちゃん。起きたかな?」


どうやらその声は、抱き枕から聞こえて来るようで、星羅は枕に耳を押し当てた。


「さ、今日も1日頑張ろうね。俺も頑張るからさ!」


やはり、声は抱き枕から聞こえて来る。


(一体どんな仕掛けなのよ、このボディーピローは・・・・)


苦笑をしながらも、星羅はベッドから立ち上がり。

ふと、昨晩の記憶をたどって首を傾げた。


(確か、帰ってそのままビール飲み始めて・・・・え?私、いつの間にパジャマに着替えた?はっ、もしかして、お化粧しっぱなしっ?!)


星羅くらいの年齢になると、化粧を一晩中落とさずにいるとという行為は、肌にかなりのダメージを与える事となる。

慌てて鏡を覗き込むものの、星羅の顔は、いつもの見慣れたスッピン顔。


(私、偉くない?酔いつぶれて記憶無くても、ちゃんとパジャマにも着替えて、お化粧も落として寝るなんて)


二日酔い頭痛を堪えながらも自画自賛し、寝室からリビングへ続く扉を開く。


と。


「おはよ、星羅ちゃん」

「えっ?!」


エプロン姿の千早に爽やかな笑顔で出迎えられ、星羅は呆気にとられて口をポカンと開け、その場に立ち尽くした。


「なんでっ?いつ来たの?!」

「ナ~イショ」


言いながら、千早は手際よくお椀に味噌汁をよそい、テーブルの上に置く。


「星羅ちゃん、飲み過ぎは良くないよ?ほら、しじみのお味噌汁。二日酔いには、これが一番だからね」

「あ、ああ・・・・ありがと」

「ほんとに、どんだけ飲んだの。すごい空き缶の量だったよ?お化粧も落とさないで寝ちゃってたし」

「えっ?」

「まぁ、可愛かったけどねー。素直に歯磨きもさせてくれて、お化粧落としもさせてくれて。おまけに着替えまでさせてくれる星羅ちゃんは」

「はぁっ?!つっっ・・・・・」

「興奮すると、頭痛ひどくなるよ?お味噌汁飲んだら、これ、飲んで。二日酔いには抜群に効くから」


言われるままに、星羅はしじみの味噌汁に口を付ける。

千早が作ってくれた味噌汁のやさしい味は、すんなりと食道を通り抜け、胃の中に辿り着き、星羅の全身に染みわたるようだった。


「ね、星羅ちゃん。どうだった?」

「なにが?」

「何って・・・・俺の声で起きる朝!」

「・・・・悪くない、かな」

「でしょ?!」


目の前で、千早は小さくガッツポーズなど決めている。


「ただのボディーピローじゃつまらないから、さ。目覚まし機能も付けてみたんだよね。そうしたら、俺がいない朝でも、俺の声で起こしてあげられるし」


もー俺、天才じゃね?!


などと。

千早は嬉しそうに星羅の顔を見ながらニコニコと笑っている。

その、千早の屈託の無い笑顔に。


「あの・・・・千早、昨日はごめ」

「星羅は、悪くないから」


昨日の電話を思い出して罪悪感に駆られ、謝罪の言葉を口にした星羅を、千早は制する。


「星羅の誕生日だったのに。それに、星羅があんなに感情的になるってことは、きっと、大変な事がたくさんあったんだよね。それなのに俺、側にいられなくて、本当にごめん」


そして。

ギュッと。

星羅の体を抱きしめた。


「1日遅れちゃったけど。お誕生日おめでとう、星羅」

「・・・・うん」

「この穴埋めは、絶対するから。星羅の気の済むまで、いくらでもするから」

「・・・・うん」


千早の大きな胸に全身を預け、星羅は小さく頷く。


「楽しみにしてる」



「で、さ」

「ん?」

「俺としては、ずっとこうしていたいところなんだけど」

「なに?」

「星羅ちゃん、時間、大丈夫?」


千早の言葉に、星羅はトロリとした目で時計を確認し・・・・


「大丈夫じゃないっ!あーっ、遅刻しちゃうっ!」

「俺、車で送るから!急いで支度してっ!」

「うんっ、ありがと!」


慌てて身支度を整え終わった星羅の視界に入ったのは、千早の姿がプリントされたボディーピロー。


(これから毎日、千早の声に起こして貰えるのかな)


ふふふ、と小さく笑うと、星羅は急いで寝室を後にした。


「千早、支度できた!」

「よしっ、じゃあ、行くよっ!」


【終】

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