抱き枕

平 遊

抱き枕

突然、荷物が届いたのは、千早と会った翌日、日曜日の昼過ぎ。

差出人の欄に千早の名前が記入されたその荷物を前に、星羅はしばし頭を捻った。

品名の欄には【ボディー・ピロー】と書かれているものの、やたらと重い。


(確かに、ボディー・ピローが欲しい、とは言ったけど・・・・)


溜め息を吐きつつ、星羅は荷解きを始めた。



******* 前日 土曜日 *******


(遅いなぁ、もう・・・・)


約束の時間になっても訪れない千早に若干イラつきながら、大量に届けられる通販カタログを暇つぶしに眺めていた星羅の家へ千早がやって来たのは、既に昼過ぎ。

約束の時間は、10時。

連絡も無しで、2時間以上の、遅刻。

千早は職務上、土日でも突然仕事が入る事も珍しくはない。突然過ぎて、連絡が無い事もしばしば。

その代わり、時間さえ空いていれば、星羅が会いたいと言えば、千早はすぐに飛んできてくれる。

それで、チャラ。それが、暗黙の了解。

千早と星羅は、付き合い始めてからずっと、そんな関係だった。

ではあるのだけれども。


「よっ、お待たせっ!・・・・なんだ、何難しい顔して読んでるのかと思ったら、通販のカタログか。なに?なんか欲しいもんでもあんの?」

「別に欲しくて見てる訳じゃないよ。千早が来るのが遅いから、ただの暇つぶし」


悪びれた様子も無く肩に回された手を振り払いながら、星羅はカタログから目も上げずに言い放つ。


「昼前には来られるんじゃなかったの?もうとっくにお昼は過ぎてるよ。悪いけど、私もう、今から出かける気なんてないから」


いくら暗黙の了解とは言え、待っている身の星羅としては、『ごめん』の一言も無い千早の態度に、どうしたってイライラしてしまう。

千早を無視し、星羅はそのままカタログのページを捲り続けた。

そして。

あるページで、手を止めた。

星羅の視線は、一点に注がれていた。


「しょうがないだろ?仕事なんだから。これでも早く切り上げて、ここまで走ってきたんだよ?ねぇ、機嫌直してよ、星羅ちゃん。・・・・って、ちゃんと聞いてくれてる?せっかく言い訳してるのに」

「え?何か言った?」


ようやく顔を上げた星羅の前で、千早は大袈裟に肩を落とした。


「・・・・聞いてなかったのね、まぁいいけど。で?俺の言い訳も聞かないで、何に見とれてたの?」


ひょいとのぞき込んだカタログに大きく掲載されていたのは、抱き心地の良さそうなボディー・ピロー。


「これ、抱き枕?欲しいの?」

「え?・・・・まぁ、ね。気持ちよさそうだと思って」

「ふうん・・・・」


何を考えているのだか、じっとカタログを見つめる千早に構わず、星羅はパタンとカタログを閉じ、机の上に放り出す。


「で?これからどうするの?さっきも言った通り、私はもう出かける気なんて無いんだけど」

「じゃ・・・・」


機嫌が悪いのを隠そうともしない星羅の腰に手を回し、千早は耳元に口を寄せる。


「ここでいい。俺は星羅と一緒なら、どこでもいいし」

「・・・・調子のいい人」


溜息を吐きつつも、星羅は抗う事はしない。

力で敵う事などないと分かり切っているし、第一、彼の温もりは心地よかったから。


「それでこれから、どうするつもり?」

「星羅は、どうして欲しい?」

「そうね・・・・とりあえず」


千早の首に腕をかけながら、星羅は小さく笑った。


「誠意を、見せてもらおうかな?私に、遅刻したお詫びをしてもらわないと」

「おやすいご用だ」


フッと腰を屈め、千早は星羅の膝裏に腕を差し込むと、いとも簡単に体をすくい上げる。


「星羅になら、いくらでもお詫びするよ。何回でも、ね」

「ふふっ・・・・それは楽しみ」


やがて2人の姿は寝室へと消えた。

扉が、パタリと閉じる。


『なっ・・・・ちょっ、星羅ちゃんっ!何すんのっ?!』

『うふふ・・・・楽しませてもらうわよ、千早』

『わっ・・・・・あぁぁぁぁっ!!!』



****************


(ボディー・ピローって、こんなに重いものだっけ?)


紐を解き、包装紙を取り去った時点で、星羅はすっかり汗だくになっていた。

目の前には、シンプルな白い箱。


(・・・・ずいぶん大きいなぁ・・・・)


箱の大きさは、星羅の背丈よりも大きく感じられた。


(・・・・抱きしめて眠るものだから、あんまり小さくても役には立たないのはわかるけれども。それにしても・・・・)


一息入れようと立ち上がった時。


ゴトッ。


「・・・・?」


一瞬驚いたものの、星羅は静かに箱へと近づく。

見つめる先で、箱が再び音を立てた。


ゴトッ。


(・・・・まったく・・・・)


思わず吹き出しそうになるのを堪え、星羅は箱の蓋を開けた。


「よっ!」


満面の笑みを浮かべ、箱から体を起こす千早に、星羅はスッと笑いを消し、無表情のまま千早を見つめる。


「・・・・そんなトコで何してるの?」

「え?何って・・・・いやだなぁ。ちゃんと送り状に書いてあったでしょ?」

「何が?」

「何がって・・・・品名だよ、品名」

「ボディー・ピローって、書いてあったけど?」

「その通り!」


再び、嬉々として見つめる千早に、星羅が冷たく一言。


「だから、それが何?」

「なっ・・・・何って!・・・・星羅ちゃん・・・・」


がっくりと肩を落とす千早に、堪らず星羅は吹き出した。


「まったくあなたって人は・・・・どうりで随分重いボディー・ピローだと思った。だけど、何だってこんなことを思いついたの?別にこんなことしなくたって、私はあなたを拒絶してるつもりは無いんだけど?」

「だって・・・・」


涙まで浮かべて笑う星羅とは対照的に、千早はブスッと頬を膨らませて呟いた。


「俺がいるのに、何でボディー・ピローなんて必要なの?眠る時に寂しいんだったら、俺がいつでも添い寝するのに。星羅の為ならいつでも飛んでくるよって、いつも言ってるじゃん!」

「・・・・はいはい」


星羅の細い指が、千早の髪の中に潜り込む。


「仕方のない人ね。じゃあ、早速使わせてもらおうかな、私のボディー・ピローを。・・・・あんまりにも重たくて、包みを開けるだけで疲れちゃった。少し休みたいんだけど」

「えっ!」


弾かれたように頭を上げ、千早は星羅の細い腰を抱き寄せた。


「もう、いくらでも使って!星羅の好きにしていいから!」


服の上から体のラインをなぞる千早の指に、星羅の口から小さな喘ぎが漏れる。


「千早?私は『抱き枕』が欲しいと言ったのであって、『抱きついてくる枕』が欲しいと言った覚えは、無いんだけど」

「同じようなもんじゃん」

「それに、私は今・・・・疲れている・・・・んだけ、どっ・・・・」

「じゃ、疲れが早く取れるように、俺がマッサージしてあげる」

「・・・・千早・・・・っ」


吐息を口づけで吸い取り、千早は星羅を抱きかかえるようにして、床に横たえた。


「ここも、ここも、俺が全部、マッサージしてあげる。・・・・ね?いいでしょ?」


肯定も否定もせず、星羅は静かに瞳を閉じる。


「世界中どこ探したって、こんなにお買い得なボディー・ピローなんて、無いよ?そう思わない?」


(・・・・そうかもしれない、ね)


瞳を閉じたまま、星羅は小さく微笑んだ。



「んっ・・・・」


目を覚ました時には、千早の姿は既に無かった。

また、至急の仕事でも入ったのだろう。よくあることだ。

代わりに、星羅の隣でベッドを占領していたのは、まぎれもなく、本物のボディー・ピロー。

ただ、他のモノと違う所が1つ。


「・・・・まったく、もう・・・・」


呆れ笑いを浮かべつつも、星羅はボディー・ピローをギュッと抱きしめた。

千早の全身写真が全面に印刷された、ボディー・ピローを。

ボディー・ピローを抱きしめたまま、再び星羅が身を沈めたベッド脇には、小さなメモが一枚。


『緊急用の為に、俺の代わりを置いておくよ。どうしても俺が来られない時には、これで我慢してね』



【終】

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