12時発、1時着。 ~銀河鉄道と、そしてゼピュロス星域会戦~

四谷軒

01 遠い遠い未来、銀河の片隅で……

「ああそうだ。あの音だ。ピタゴラス天球運動てんきゅううんどう諧音かいおんです」

「あら、なんだかまわりがぼんやり青白くなってきましたわ」

「夜が明けるのでしょうか。いやはてな。おお立派りっぱだ。あなたの顔がはっきり見える」

「あなたもよ」

「ええ、とうとう、ぼくたち二人きりですね」

「まあ、青白い火がえてますわ。まあ地面じめんと海も。けどあつくないわ」

「ここは空ですよ。これは星の中のきりの火ですよ。僕たちのねがいがかなったんです。ああ、さんたまりや」


宮沢賢治「シグナルとシグナレス」











 ……暗青色の空から、どこからともなく汽笛が聞こえ、そちらに目を向けると、遥か成層圏の彼方から、機関車が空をひた走っていた。


 宇宙各地をつなぐ、銀河鉄道。

 かつての銀河帝国皇帝が宇宙各地に敷設した、懐古レトロ趣味の列車網。


 それが今、この星にやって来た。


 ……金髪の少年はしばらくじっと銀河鉄道がこの星のステーションに向かって降りてくるのを見つめていたが、やがて、ぽつりと洩らした。


「薬がるんだ」


 その金髪の少年は言った。

 少年の姉は変異性で劇症の……と、少年自身もよく覚えられなかった複雑な名前の病気を患ったらしい。

 少年の親友の、赤毛の少年は、なら薬をもらったのか、と聞いた。

 金髪は首を振った。


「この星には無いんだ」


 赤毛は歎息たんそくした。

 人類が宇宙に進出して、その生息圏を広げ、何年、いやさ何百年になるだろう。

 しかし、その急速な拡大に比して、血液のように食料や薬剤などが行きわたっているかというと、それは別問題だ。

 人類の活動領域を統一した政権――王朝は確かに存在した。

 今は、その二つ目の王朝の支配下にある――はずだ。

 その証拠に、今でも「銀河鉄道」なる、銀河皇帝が全宙域を行幸する際に使うとされる、懐古レトロ趣味の星間移動機関が存在するではないか。

 当初こそ貴顕淑女のたしなみとされた星間旅行だったが、今となっては地方政権の乱立が相次ぎ、とそんなことにかまけてはいられず、事実上、民間会社に払い下げされ、細々と営業している始末だが。


 それはともかく、と赤毛は星図を頭に描く。

 この星――ノイエ・アップフェルラントの近くにある星は、同じゼピュロス星域のカルパチアだ。

 ノイエ・アップフェルラントはまだ開発してからそれほど年数の経っていない惑星であるが、カルパチアも同様だ。

 しかし、惑星カルパチアの方が、所属する「地方政権」のちがいにより、まだ物流がマシと言える状況である。


「なら隣のカルパチアにでも、取り寄せればいいじゃないか」


 その赤毛の問いにも、金髪は首を振った。


「今、この辺りはウェイ王朝……だっけ? 正式名称はよく知らないけど。まあそのウェイ王朝が、その惑星カルパチアの所属する、ピアチェンツァ共和国レス・プブリカ・ディ・ピアチェンツァを売って、交流を断絶、禁輸の措置を取ると一方的に宣言したばかりじゃないか」


 金髪が端末を操作して、ウェイの広報官が激しい剣幕でがなり立てている動画を見せた。

 そういえば今朝のニュース動画で、そんなことがあったなと赤毛は思った。

 ウェイは後発の地方政権である。当初、どちらかといえば辺境と言える、このあたりの宙域を開発すると称して、銀河帝国皇帝からウェイ公の地位をうまく、その後、「開発」と称して、周囲を荒らし回り、気がついたら王朝を称しているという始末である。最近では、臣下に爵位を叙爵して、ますます「国王」気取りである。

 むろん、銀河帝国皇帝には、あくまでウェイ公と称して、貢ぎ物を絶やさず、繋がりを絶やさず、うまいことやってのけて、今では隣国のピアチェンツァ共和国に対して、堂々と戦争を仕掛ける始末である。


 この時代、銀河帝国は形式上は全宇宙を支配していたが、内実はこのとおり、各地方政権のにされていた。


 金髪は愚痴をこぼした。


共和国ピアチェンツァもいい迷惑だと思うけど……まあ、あちらはあちらでいろいろとやってくれたから、お互い様さ……」


 このピアチェンツァ共和国もまた曲者といえば曲者で、難治の地と呼ばれたピアチェンツァを、「住民自治という名の丸投げ」という、時の帝国民部尚書カルロ・アスプロモンテの提言により成立した地方政権である。

 結論から言うと、このカルロ・アスプロモンテがピアチェンツァの初代元首ドゥージェと成りおおせ、当時の皇帝を巻き込んだ疑獄からうまく逃れるのだが、その元首ドゥージェ退陣と同時に縛り首となり、ピアチェンツァは迷走する。

 そして現在、ピアチェンツァは大商人たちの支配する共和国レス・プブリカとなり、経済的に周囲周辺の星域を牛耳るという道をたどった。

 赤毛はため息をついた。


「たしかに、ピアチェンツァはピアチェンツァで、ウェイに対して経済的な締め付けがきつかったからなぁ」


 その惑星カルパチアにしてからが、ピアチェンツァ共和国に属するシュミットという商人が開拓していたところを、ウェイが「わが国の領域である」として触手を伸ばしてきた惑星である。

 そうこうするうちに、くだんのシュミットなる商人は、星間飛行中に、ウェイの駆逐艦との「謎の衝突事故」に遭って亡くなってしまった。 

 そこから、ウェイとピアチェンツァは暗闘に突入し、現状、ピアチェンツァがその経済力を駆使して惑星カルパチアを保持していたが、とうとう兵力に勝るウェイが痺れを切らし、直接的な行動に出た、という次第である。


 泥沼の戦い、しかも

 今となっては、どちらが先に手を出したか、判然としない。

 けれども、隣国同士というのは、そういうものだ。

 金髪も赤毛も、学校の歴史の授業を思い出して、そういう感想を抱いていた。


「で、問題はだ。こと姉さんの病気に関しては、隣の星の――共和国ピアチェンツァのカルパチアまで行かないと、薬が無い」


「帝都にいる皇帝陛下に、この銀河を支配している銀河皇帝陛下に、ウェイとピアチェンツァの喧嘩を止めさせてください、と言うかい?」


「まさか」


 金髪は肩をすくめた。


「いちおう、帝国の国是は皇帝親征だぜ。だからこの宇宙には、争いごとは無く、それはか、さなくばとされていて……」


 赤毛はそれを受けて言った。


「……そしてそれは皇帝自らお出ましになって兵に問うわけではなく、当事者が互いにをせよ、か。なべて世はこともなく……ありがたいご時世だね」


 大体、皇帝親征を国是とかうたっておきながら、要塞ふたつも擁している帝都のあり方がおかしいんだ、と毒づく金髪をなだめ、赤毛は端末を操作して、何か手段は無いかと渉猟した。


「この星と、ピアチェンツァの間を、うまいこと行き来してくれる何か……無かったかなぁ」


宇宙船スペースシップやロケットは駄目だ。ウェイの軍が抑えている」


「……そうだとしても、あのピアチェンツァの商人たちが、この商機を見逃がす手は無いと思うんだけど」


「……それもそうか」


 ウェイは辺境で、その物資をピアチェンツァからの輸入に頼っている。だからこそ、そのピアチェンツァの「あくどい価格設定」に抗議して、喧嘩を売っているわけだが。

 しかし今、物資欠乏が予想される中、ピアチェンツァの商人としては、ウェイの領内で荒稼ぎするチャンスという訳だ。

 金髪は自分も端末を操作し始めていた。


「……だとすると、本格的な密輸船だけじゃなく、何か……盲点があるはずだ。もし、バレた際に何か言い訳できそうな手段……いいや、この場合、か……」


 そして金髪は、すぐそのについて、情報にたどり着いた。


銀河鉄道ギャラクシーエクスプレス……」


 それは、かつての銀河帝国皇帝が、国内各地へと見聞を広めるためと、その行幸にふさわしく、懐古レトロ趣味で敷設した、宇宙を行く「鉄道」である。

 少年である金髪と赤毛には原理は分からないが、それはかつて人類が地球上にいた時に使用していた輸送手段で、石炭を燃料として煙を出して前進する蒸気機関、を模している鉄道である。

 金髪と赤毛の生きるこの時代においては、皇帝が民間の会社に払い下げ、いわゆる観光やら旅やらを楽しむ、余暇のひとつの手段として、細々とながらも継続していた。


「名目としては皇帝陛下の所有のままだから、ウェイとしては手を出せない……これだね」


 赤毛が笑顔でそう言うと、金髪も笑った。


「よし、行こう。今からなら12時発、1時着の鈍行がある。これなら……あれっ、お金あるか?」


 笑顔が一転して、一気に暗い顔になった金髪に、赤毛も目をつぶって首を振った。

 二人とも、あまり裕福とは言えない家の生まれである。

 金髪の姉に買う薬代のことを考えると、二人の手持ちでは、一人分の切符チケット代にも至らない。


「う~ん……」


 いつしか辿り着いた、銀河鉄道の駅の前で、二人して腕を組んで悩んでいると、声がかかった。


「どうした、君たち? もしかして、乗りたいのかい?」

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