第39話 皇子の心の支え(変な意味ではない) 1
フェリシダーデ帝国の帝都エーレに構えるフェリシダーデ城。
新年を間近に控えたある日、宮殿の廊下をベルナールが駆けていた。
マナー的には最悪だが、たしなめるべき立場である敵もうしろから走って追いかけてくる。
ベルナールは、曲がり角の先の柱の影にさっと隠れた。
その数瞬後、「ベルナール! どこに行ったの?!」「ベルナール様、逃がしませんことよ?!」と、母と義姉と侍女たちの一群が嵐のように通り過ぎていく。
やり過ごして、ベルナールはふうと息を吐いた。
昨日、国に帰ってきたベルナールは、当然のように家族に土産話をねだられた。
その場にいたヒューゴが、ダンジョンにご令嬢と閉じ込められていたらしいと、ばらしてしまったのだ。
それはもうオオカミの群れに投げ入れられた子ヒツジと同じである。
母と兄の妻である義姉の目がギラリと光り、追われているというわけだった。
ダンジョンに閉じ込められていたという方を気にしてほしい。ねぎらってくれてもいい。
フェリシダーデ皇妃である母に、相手の名前を言えと頼まれ脅され命令されても、ベルナールは口を割らなかった。
レティシアはヒラピッヒ王国の公爵令嬢――――いや、密偵からの情報によると、エーデルシュタイン公爵領は独立する動きがあるらしいから、新たに国となるエーデルシュタイン国の王女で、次期女王である。
身分はベルナールと完璧なほど釣り合うし、ベルナールが第二皇子なので王配となることも問題ない。
これ以上の良縁は望めないというほどの相手なのだ。
名前を口にしたら最後、帝国の総力を挙げて縁談を申し込むのが想像できた。
ベルナールとしては、それはやぶさかではないというか、そんなことになったらトキメキで死ぬ。
ただ、レティシアに無理を強いるのがいやだった。
皇帝から申し入れられた縁談を断るのはむずかしいのではないだろうかと、ベルナールは思うのだ。
だから名前を知られるわけにはいかない。
柱の影で息をひそめながら意思を固めていると、向こうからまた騒がしい一群が戻って来る気配がした。
(――――早くまた国を出よう。行かなければならない場所もできたし。こんな恐ろしいことになるなら、ひとりでダンジョンにいた時の方がマシだったな。ああ、ダンジョンが恋しい……)
ベルナールはこっそりと柱の影から出て、また逃げ出したのだった。
◇
ダンジョンライフも慣れてくれば、それなりに悪くないものだった。
縛るものは何もなく、誰も見ていない何も言われない自由な日々。
気を抜くと堕落してしまいそうになると思ったベルナールは、日課を決め己を戒めて毎日を過ごしていた。
一日はまず狩りから始まる。
寝泊りしている小屋の近くの麦や肉や野菜を狩ったら、ちょっと離れたところにある沼まで行く。なぜか
鍛錬も兼ねているので、毎日速足で歩いていき、向こうで剣の素振りなどもする。
泉の水が注ぎ込んでいるので、汗をかいたら水浴びをするのに便利なのだ。
ケサランパサランが言うには沼で魚が獲れるらしいのだが、ベルナールには魚を獲る
(視察で海に行った時に、漁師たちは網で魚を獲っていたな。空間箱に余裕があれば、網を入れておけばいいのか。いや、網があったところで俺が魚を獲れるとは思えないよな)
魚は獲れなくても、沼をぐるりと歩くと薬草が生えており、それを採ると回復液や治癒液に変わるのだ。
今のところケガもないし、病気にもなっていないが、あれば安心というもの。
そしてさらによく探すと、沼のまわりには結晶が落ちている。
草の影でキラリと光っていたので最初は水晶が落ちているのかと思ったが、拾い上げてみるとビン入りの塩に変わったのだ。
塩の結晶型のダンジョンクリーチャーということなのだろう。
空間箱に調味料は最低限しか入ってなかったので、これは本当にありがたかった。
「フィールドに塩があってよかったよ」
『マスターがよろこんでくれてよかったの』『しおだいじなの』
「ん? 君たちも塩なんて食べるの?」
『たべないよー』『たべないのー』
「食べないのに大事なのを知ってるのか。かしこいな」
『ほめられたの!』『ほめだいじなの!』
(思ったまま言っただけで、ほめたつもりはなかったんだけど)
ケサランパサランたちはベルナールのまわりでうれしそうにくるくる舞った。
狩りと採取をして小屋のある丘に戻り、昼食の準備をする。
作るのはもちろん魔法学園名物の野営焼き――――といきたいところだったが、肉鍋である。
実は空間箱に入っていた油を使い切ってしまったので、苦肉の策だった。
油をひかずに野営焼きを作ってみたところ、鍋にくっついて大変なことになったのだ。
まずは料理の前に、伸びてしまった前髪をうしろへ流し、紐でくくった。
そして魔法を使い鍋に水を入れ、魔コンロにかけた。
沸騰したら大麦の粒を入れる。
油があって野営焼きを作ることができていた時は、大麦は粒のままドロップするから使い道がないとベルナールは思っていた。
だが、毎日鍋料理を食べる今、大麦があってよかった。小麦やライ麦の粉では使えず、腹持ちのするものが食べられないところだった。
大麦を4半刻くらい茹でたら、肉を投入。今日は牛肉だ。
そしてアクとかいう、白いような茶色のような部分をすくって捨てる。
これも野営の授業で習った技だった。野営焼きが作れない時などいろいろなことを想定して教えているのだろう。
こうして実際に役に立っているので、きちんと学んでおいてよかったとベルナールは実感した。
一度、アクを取らずに食べたが、ちょっと苦いような感じになり美味しくなかった。それでも食べられないことはないが、少しでも美味しく食べたいので、ちゃんと取ることにしているのだ。
湯の中の肉の色が変わったら、ちぎった葉の野菜を入れて、アクもさっと取って完成だ。
肉と野菜はフォークですくって、塩を付けて食べる。
鍋に味を付けるより、食べる時に塩を付ける方がベルナールの好みだった。まあまあ悪くない。
大麦はスープに塩を入れて味を調えて、スプーンで食べる。
とろりとしたスープとプチプチとした大麦の食感は、なかなか悪くない。
(あるものでそれなりに料理できるとか、俺すごくない?)
心の中で自画自賛。
フェリシダーデ皇帝家の中で、料理ができるのはベルナールだけだろう。しばらく会っていない家族に自慢したいところだ。
そして昼食後はお楽しみの、観戦タイムとなる。
ベルナールはいそいそと、丘の上にポツリと立っている不思議な扉に向かうのだった。
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