第29話 魔王降臨再び 1


 新年、水1の月。帝国暦の一月。

 身分証に魔力を通すと、時間と暦がわかる。レティシアは新しい年が来たことを、それで確認した。


 ダンジョン入り口封鎖がされる時となった。

 入り口が封鎖された直後は、まだ人が多いだろう。

 聞いた話によると、いつもよりも多いくらいなのだそうだ。そこから二か月の間、中に入れなくなるから最後に入っておこうという人であふれているらしい。


 祭りのようににぎわうダンジョンには、毎年アレふんどしが出ると聞いているので、レティシアはこの時期に潜ったことがないのだった。

 それがなんの因果か、現在ダンジョン内にて新年を迎えている。


「エール様、新年なので精霊様に歌を捧げようと思っていますの。構いませんか?」


 ドラゴン姿でゆったりと座っているエールに尋ねると、大きな頭がうなずいた。


「ああ、よいぞ。我もそなたの歌が聴けるならうれしい」


 コテージに戻り白の祭礼用のローブに着替える。ランラン♪音楽歌箱を持って、海を見渡せる崖の上に立った。昇っていく日の光を受け、海はきらきらと輝いていた。


 ケサランパサランと召喚獣たちはいつものように騒がず、でもきらきらとした目でレティシアを見ていた。


 ランラン♪音楽歌箱の“精霊賛歌”の曲だけを流し、今日は銀のコケーシ人形は使わずにそのままの声で歌った。


 ――――すべての源である精霊に、感謝を込めて――――。


 高く低く朗々と。歌声は世界に溶けていく。

 続けて歌った“遥かなる精霊の森へ”が終わると、召喚獣たちが口々にわぁわぁ言いながらレティシアに寄ってきてぎゅうぎゅうとくっついてきた。


『マスター! すごくよかったのー!!』


『ずっといっしょダ! ついていくゾ!』


『本当に素晴らしい歌でございました!』


『ケロケーロ! ケロケロケーロ!!』


「あらあら……」


 好き好き攻撃を受けて悪い気はしないレティシアは、ニマニマしながら四体を代わる代わるなでた。

 その横でケサランパサランたちが『さいこーなのー!』『もっとほしいのー!』と、ふわふわ漂っている。


「――――まこといい歌だった。我の耳も洗われるようだったわ」


 エールが、いつもはぎょろりとしている目を細めている。ご満悦のようだ。

 そして、昼の食事は我が作ろうと言い出した。


「素晴らしい歌を聞かせてくれた礼だ」


 エールは大半をドラゴンで過ごしているというのに、手先がなかなか器用だった。少し教えただけで料理の腕は上がり、すぐにひとりで作っても問題がないレベルになったのだ。


「新年のおめでたい食事をエール様に作っていただけるなんて、光栄ですわね」


「任せておけ任せておけ」


 昼食の準備の時間になると、長身の竜人は機嫌よく調理台へ向かった。

 その間にレティシアは海を見下ろす高台に広げたテーブルセットを準備する。

 ダンジョンの中は外の季節に左右されない。特にこのフィールドは心地の良い温度で一定していた。

 こんな暖かな場所で迎える新年も悪くない。


(おじい様やセゴレーヌは元気にしているかしら……)


 元気にはしているだろうが、こんなにのどかに新年を迎えてはいないだろうなと思うと、レティシアは申し訳ない気持ちになる。


「ほれ、できたぞ!」


 差し出されたお皿には、美味しそうにくるくると巻かれた野営焼きと、こんがり焼き色が付いたイカの足が載っている。暴力的にいい香りがする。


「とっても美味しそうですわ!」


「そうであろう、そうであろう!」


 野営焼きの中の魚もふっくらで、ちょうどよく火が通っている。


「美味しいですわね……。わたくしより上達してしまったのでは?」


「いや、まだまだだ。食事を作るというのが、こうも面白いものとは思わなかったぞ」


 この竜人は凝り性らしい。

 そのうちレティシアには再現不可能な、あのとろりとした卵焼きも作れるようになるかもしれない。


「エール様、わたくしはそろそろ元の場所へ戻ろうかと思っておりますの。エール様はどうされます? いっしょにいらっしゃいますか? 料理の道具の方はそのままお貸ししますけれども」


「おぬしが戻る方には海はないのだったな?」


「ええ。魚がなくてあの沼にまで来ていたのですわ」


「そうか……では、我はここに残ろう。料理が納得するできになったならそちらへ行く」


「わかりました。わたくしもまたこちらに来ますわ。――――彼らが乗せてくれるでしょうから、すぐに来れますでしょうし」


 召喚獣たちは、またも自分が乗せると揉めだしたが、順番ということで納得したようだ。

 昼食の後、穏やかに笑うエールに挨拶をする。

 そしてレティシアは、大きくなったバトランの背に乗り、その場から飛び立ったのだった。

 



 海でちょっとしたバカンスを楽しんだレティシアは、また情報晶部屋へ戻ってきた。

 卒業試験が始まる日は近い。

 名前の画面をざっと眺めると、まだまだ少なくない人数が潜っているようだ。

 情報晶を見るレティシアの膝の上や肩の上には小さくなった召喚獣たちが乗っていて、時々撫でろと催促している。

 ケサランパサランたちは相変わらずふわふわと漂っている。


「――――ねぇ、あなたたち。マスターというのはいないこともあるのかしら?」


『いないことあるー』『さみしーのー』


「前のマスターに戻ることはないのね」


『もどらないー』『さいどはあるー』


 どうやら現マスターがいなくなっても、前マスターがマスターに自動的に戻ることはないようだ。だが、もう一度マスターになることはあるということなのだろう。


「マスターって……後からきた人が優先的になるものなのかしら」


 部屋に沈黙が落ちた。


(……あら。聞いてはいけないことだったかしら……?)


『――――マスターがマスターなの! マスターだけがぼくたちのマスターだから!』


 膝の上のイタチーが前足を踏ん張りながら、よくわからないことを力説している。


『そうダ! ほかはいらないゾ!』


『後も先もなく、わたくしどものマスターは、マスターだけでございます』


『そうケロ! そうケロ!』


『マスターおうたー!』『おうたほしーのー!』


 どさくさに紛れて歌もねだられている。

 銀のコケーシ人形に似た🎤印さえ触らずに、ここでちょっと歌う分には大丈夫だろう。

 膝や肩の上で大騒ぎしている召喚獣たちをなでて落ち着かせながら、恐る恐る小さい声で“ケット・シー音頭”を歌った。


『τωrοοο~ τωrοοο~』


『τωrοοο~ τωrοοο~』


『τωrοοο~ τωrοοο~』


 ケサランパサランたちも召喚獣たちもみんな鳴き声を上げてくるりくるりとまわっている。


 突然、情報晶から声が聞こえた。


『――――ビジーモード ニ イコウ ルームカメラ起動制限シマス』


『生体動力10% 魔力23% 摂取シマシタ――――生体動力残1%生体7体 排出シマス』


『生体動力9% 魔力11% 摂取シマシタ――――生体動力残1%生体6体 排出シマス』


『生体動力13% 魔力20% 摂取シマシタ――――生体動力残1%生体 11体 排出シマス』


『生体動力18% 魔力29% 摂取シマシタ――――生体動力残1%生体 16体 排出シマス』


 慌てて画面を見れば、名前が次々と消えていく。


「ひゃぁぁぁぁぁあ!!!! やっぱりこうなるのねぇぇえ?!!!!!」


 公爵令嬢失格な感じの声が部屋に響いた。

 赤くなった目をカッと開くケサランパサランたちと、召喚獣たちがいた。


「あ……あなたたち、すっごく悪い顔になっているわよ……」


『ククク……いいかんじ』『ククク……こんかいはみんなまんぞく』


『ぼくクセになりそう~』


『これはこれは結構なものを……フフフ』


『いいゾ! もっとダ! もっとダ!』


『ケロケロケロケロ……』


(ケロリン、どうして舌なめずりなんてしているの……)


 レティシアは頭を抱えて情報晶に向かった。


(ああっ! 魔王降臨再びになってしまいましたわ…………!!)





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