第22話 召喚獣と漁をする 2


 レティシアは、シャイナとジャイアントスネークとの戦いを思い出し、[風刃]の呪文を唱えた。


「ジャイアントスネーク一体で三個だったから、ヒュドラは頭九本だし二十七個でどうかしら」


 水上ではバトランがヒュドラの水撃を避けながら、周りをぐるぐると回っている。九本ある首はその動きを追っているうちにぐるぐる巻きになっていった。

 頃合いよしという瞬間、バトランは上空へ上がった。


 ――――ヒュドラの首はひとつでも残っていれば、切り落としても生えてくる。


 レティシアは、防御結界の向こう側に発現させた[風刃]をすべて放った。


 ザンザンザンザンザンザンザンザンザンザンザンザンザンザンザンザンザンザンザンザンザンザンザンザンザンザンザン!!


 首がねじくれ合っていた根元に二十七の[風刃]が叩き込まれる。

 九本の首がまとめてスパン!! と切り飛ばされた。

 そしてその首が水に落ちる前に、ふわりとドロップ品へ変わった。それをケロロンがぴょんと跳んで、背中で拾ってきた。


「バトランもケロロンもありがとう」


 大きな背中の上にあるドロップ品を手に取る。

 白身魚の切り身×9、魔石。


「お魚がたくさんだわ!」


 ヒュドラの首の数だけドロップした。

 しかもごていねいに、持ち帰り用の紙の上に載っており、包んで持って帰ってくださいと言わんばかり。


「……至れり尽くせり?」


『マスターよろこんでくれてうれしいのー』『マスターのためによういしてあるのー』


 ケサランパサランたちの言葉から推測するに、マスターとしてここにいる者のために用意された特別なダンジョンクリーチャーらしい。

 思い出してみれば、ダンジョンクリーチャーのヒュドラは、白身魚の切り身など落とさない。ドロップするのは“ヘビの肉”(プリプリで美味)だ。

 地上の本物の魔獣の方にいたっては、毒が危険で解体すらできない。

 ここのヒュドラはあまりにもヒュドラの実態から離れすぎている。


「ヒュドラじゃなく、お肉や麦みたいにすぐ獲れてもいいのよ……?」


『マスターたいくつしないようにー』『そんたくなのー』


 つくづく至れり尽くせりのようだ。






 夕暮れ時。

 沼のほとりの木陰で、野営の時に使っている折りたたみのテーブルとイスを設置した。

 ケロロンとバトランはその足元でまったりとくつろいでいる。


 せっかく水辺の景色が楽しめる場所へ来たのだし、暮れていく空を見ながら食事をしよう。

 レティシアは携帯型の魔コンロを出し、その上に長方形で縁が高くなった銅板を載せた。

 せっかく魚が手に入ったことだし、今日は魚の野営焼きにしよう。


 レティシアは野営焼きしか作れないが、野営焼きには自信がある。これまでいろんな野営焼きを作ってきた。もちろん、魚を使った野営焼きも作ったことがある。

 ドロップした魚の切り身は骨もなく、軽く塩を振って焼くだけで食べられて大変便利だ。


 空間箱からボウルを取り出し、細く細く刻んだキャベツと小麦粉と卵を入れて混ぜる。

 今日は薄く焼きたいので、キャベツは特に細く切った。

 生地が適当に混ざったところで、熱して油をひいた銅板に薄く伸ばした。

 ジューッといい音と煙が暮れ行く空へ上る。

 ケサランパサランたちは煙に巻かれながらふわふわと遊んでいる。


『いいにおいのけむりなのー』『いいにおいになっちゃうー』


 薄い野営焼きの横に、塩コショウを振った白身魚も焼いていく。身が崩れやすいけれども、どうせ崩して使うので問題なし。

 火が通ったら野営焼きに卵ソースマヨネーズをかけて、適当な大きさに切った白身魚を載せくるくると包んだ。

 筒状に細く巻いた野営焼きは、ソースが内側にあるから口元がよごれづらいのもいい。

 お皿に上げたら、次の一枚をまた焼いていく。

 焼くのを見ながら、精霊にお祈りをして、ナイフで切って一口いただく。


「お魚、ふわふわだわ……!」


 食感はタラに似ているような気がした。

 合わせるのは白ワイン。もちろん合う。美味。


「次のには酢漬けのキュウリピクルスのスライスも載せようかしら」


 うきうきしながらピクルスとオリーブのオイル漬けを取り出し、ふと目に入ったのは召喚獣たち。

 ケロロンもバトランもレティシアの足元で、満足そうにまったりと休んでいる。


(相変わらず、この子たちは食事を欲しがらないわよね……)


 魔獣は餌を食べる。

 知り合いの魔獣使いは、自分が食べるものより使役魔獣の方がいいものを食べていると笑っていた。


 “召喚獣”というのは、レティシアが付けた名称だ。召喚した魔獣ということで、召喚獣と名付けたのだ。

 その召喚魔法陣も、レティシアのオリジナルである。

 アンデッドだのデーモン悪魔だのじゃなく、かわいいものを召喚できないかと魔法陣をいろいろ描いてみて完成したのが、召喚獣を呼ぶ魔法陣だった。


「……もしかして、魔獣にそっくりな魔物なのかしら……?」


 つぶやいてみたものの、そんな魔物がいるわけないと思いなおす。そんなことをしても魔物に得がないだろう。


 だから、足元の二体がギクッと体を震わせたのは、多分、レティシアの気のせいだ。






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