第62話 打って出るかぁ

「焼肉森本はダンジョン【NO9】の占拠に乗り出るぞっ!!」

「「えっ?」」


 店長に相談をしたその日の夜、早速店長がバイトを含めた従業員全員の前で重大な発表をした。


 細江君はその言葉にまかない飯を気管支に流し咽る。

 小鳥遊君は目をキラキラと輝かせ、一ノ瀬さんは何故か得意気。

 なんでか一緒に飯を食う遠藤はふぅと息を吐く。

 優夏ちゃんは他のバイトの子達と目を合わせ、箸を止めた。


「お父さ……店長、それは、えっと危険過ぎない?」


 肝心の景さんは、数秒時が止まってしまったかのような反応をすると、ゆっくりと口を開いた。


「全く危険にならない為の手は無いが、怪我のリスクを減らす事は出来る。遠藤、説明いいか?」

「はい。『佐藤ジャーキー』はこの占拠について、ダンジョンで戦うような人員は割けません。ただ、店長とお話をさせて頂いた結果次の商品開発の為の物資として傷を癒す効果のあるダンジョンでとれる薬草『ヒーリア』、更にはそれを元に試作品ではありますが『ポーション』の提供の手配をさせて頂きます。新商品の開発の為という名目である以上、上の人間も際限なくそれらを提供する事を承諾して下さいました。通常『ヒーリエ』は高額である為、実際に探索者が使用で出来る機会は少ないですが、この間のコラボ商品の売り上げが良かった事もあって上の人間は簡単に承諾してくれて――」

「今回の占拠が成功した際にドラゴン肉を『佐藤ジャーキー』にも流す、更にはドラゴンが保有する巨大な魔石を複数手に入れた場合その半分を手渡すという条件つきだけどな」

「それぐらいの見返りがないと、俺だってこんな危ない橋は渡れませんよ」


 話をして間もないのにここまで根回しが出来ているなんて……遠藤の手腕には驚きが隠せない。

 っていうか、俺達が何か言う前にそんなポンポン話を進めるなんて……いや、こんな事件を引き起こしたのは俺で、どうにかしようと店長が考えてくれた事なんだから変に突っかかるのは良くないな。


「知っての通り『橘フーズ』は【NO9】の30階層以降を占拠しており、『佐藤ジャーキー』の上層部もそれに飼いならされている。あくまで今回の協力は新商品の開発の為、バイトの方々も決して焼肉森本と『佐藤ジャーキー』というよりも俺個人との交換条件の事は内密にお願いします」

「この事はみんなに黙っててもイイかなとは思ったが、作戦決行日にはバイト、正社員関係なく遠藤とコンタクトをとる可能性がある。先に事情を周知させておいた方が動きやすいと思い、話をさせてもらった。ばらしたら……まかない1ヶ月抜きになるからな」


 バイトの子達からはえっ!? と声が上がった。

 軌道に乗り始めたタイミングで入ってきた人達は時給が高いってのもあるけど、それ以上にうまいまかないを食べられるからと言ってここに入ってきた人が殆ど。

 まかない1ヶ月抜きは何よりも厳しい罰になるらしい。


「回復手段があるとはいえ、相手はドラゴン。こっちの戦力を考えると占拠するのは難しいのでは?」

「それは私から提案が」

「一ノ瀬さん……教えてもらってもいいかい?」


 小鳥遊君が質問すると一ノ瀬さんがすっと立ち上がった。

 今回の件はこの人も1枚噛んでいるってわけか。


「戦力についてはコボルト、オーク、マグちゃん、テツカミバチ、ゴブリン、こういったモンスターに侵入してもらうわ。ドラゴンがいくら強いとはいえ、育成の進んだ個体を複数連れて行けば十分戦えるし、元々肉として処理される個体だから失ったとしてもダメージはない。そもそもモンスターは自然の中で生きていく為に戦うのが常。戦わせる事こそ本当のモンスターマスターっ!」


 モンスターマスターってなに?

 そんなものになるつもりはないんですが。

 ともかく、モンスターを戦力として使うのは有りだ。

 今から探索者をそれように雇用するのは時間もお金もかかる。


「それと、当日は【NO9】での様子をライブ配信。お店では実際に30階層以降に進めた人を対象に無料食事サービス、更にはドラゴンの討伐をされた探索者限定で焼肉森本で正社員雇用というイベントを行い、その様子を同時配信したいと思います。そんな都合のいいイベントがあるのかと思う探索者もいるはずですから、その証拠としてですね」


 一ノ瀬さんからライブ配信という言葉が出ると景さんがピクリと動く。

 危険な事には反対だが、どうしても投稿主として気持ちが昂ぶってしまうのだろう。


「自分の店をよいしょするのはおかしいかもしれんが、最近はうちに来たいという探索者が非常に多い。恐らく当日はかなりの探索者で店もダンジョンもごった返す」

「イベントの中止の為に『橘フーズ』がこの店、更にはダンジョンに押し入ってくるかもしれませんが、ごった返す探索者達がそれらを抑止する材料となってくれるはずです」


 店長と一ノ瀬さんは言い終わるとふうっと息を吐いた。

 短い時間の中で、作戦を練るのに大分気力を使ったのだろう。


「とはいえ、その時間には限りがある。早い段階で最下層に到達し、ドラゴンの発生装置を入手、更にはドラゴンのテイムを可能に、そしてそのドラゴン達とこっちの元々の戦力で既存の『橘フーズ』がテイムしているであろうドラゴンを掃討。最終的にはダンジョン内を焼肉森本のテイムドラゴンで他社が入ってこれない状況を作るを必要があるが……出来るか?」

「皆が協力してくれるなら、やらせてもらいます!」


 俺は遠藤の問いかけに頷くと従業員、そして心配そうな顔の景さんを見た。


「景さん。これが最後、ここだけ大暴れすればもう俺十分です。あとは景さんと一緒にこの店でのんびり出来れば満足です。だから今回だけちょっと無理させてください」



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