第45話 そわそわ発売日

『神が勤める焼肉森本とダンジョンで神に命を救われた佐藤ジャーキーの社員遠藤氏によるコラボ商品【コボルト肉の特上霜降りジャーキー】が本日より発売となりました! 通常高級肉で作られるジャーキーは販売店舗も少なく高価な為中々手が出せないところですが、なんとこちらは1袋税込み298円で23区内限定の商品としてスーパー、コンビニに並べられています!早速ですが、私も一口……んーっ! 旨味と甘味のある脂がぎゅっと凝縮されていて、ジャーキーですが強いジューシーさがあって美味しい! ……これ、もう普段つまみにしてるジョーキーに戻れないかも――』


 休憩室のテレビに映っていたのはようやく発売まで辿り着いた焼肉森本特製コボルトジャーキーとそれを試食するアナウンサーの方。


 あれから半年ちょっと、俺はひたすらに同じダンジョンを踏破する事で発生装置と魔剣を増やし、コボルト肉の大量生産を可能にした。


 商品の企画に関してはジャーキーの他にコボルト版コンビーフやハム、ウィンナー等も候補に上がったが、店長の判断でビーフジャーキーに決定した。


 というのも元々焼肉森本には安いコボルトの肉を酒の魚にしにくるお一人様が多く、それなら酒のつまみに1番あっていそうなものにしようという考えを店長が持っていたから。


 『佐藤ジャーキー』側も看板商品であるビーフジャーキーの製法を流用出来るということ事でとんとん拍子に話しは進んだ。


 マグマスライムのマグちゃんが網代わりになる専用の席が話題になった事と遠藤救出の一件で営業自体がてんてこまいな状況だっただけに、コラボ商品についての話し合いをする時の店長の顔はびっくりするほど死んでいたっけ。


 話し掛けるだけで怒鳴られそうなほど怖かったから、店にはあんまり顔を出さないでダンジョンに籠っていたのは今となってはいい思い出だ。


「あっ! もう始まってたの? ちゃんと録画は出来てる?アナウンサーさん美味しいって言ってた?」


 ランチタイムの営業が終わる頃、先に店に戻って休憩室のテレビを見ていると、珍しく景さんが慌てた様子で部屋に入ってきた。


 本当に景さんはメディアが関わってくると目の色が変わるな。

 そういえばチャンネルの登録者ももう30万人越えてたっけ。


「録画大丈夫ですよ。もう紹介のコーナーは終わっちゃいましたけど」

「そっか……。深夜アニメもオリンピックもリアルタイム派だからちょっと残念」

「で、でも昼前に買ってきましたよ、コボルトジャーキー3袋!」


 椅子に腰かけてしょんぼりとする景さんの前に俺は買っておいたコボルトジャーキーを置いた。


 売れ行きがいいみたいでコンビニを5件も梯子したぜ。


「遠藤さんが今日退勤した後に店で販売出来る分を持ってきてくれるみたいですけど、やっぱり完成品を食べ――」

「開けてもいい?」


 俺が言い終わる前に景さんは目を輝かせて袋をとった。


 商品の試食と意見は店長と一ノ瀬さんが全て担っていたから、景さんは実のところまだどんなものに完成したのか知らない。


 本当は景さんにも商品開発に関わって欲しいとみんな思っていたけど、店長が他の仕事に追われているからその代わり私が倍働くと言って退いていたのだ。


 実際今日までの景さんは見てるこっちが不安になるくらい働いていて、夜は1人でその日の売り上げや支出とにらめっこしていた。


 間接的だけど頑張りがこうして形になって現れるのはやっぱり嬉しいもので、俺もそわそわが収まらなくて予定より早く探索を切り上げてしまった。

 つまりはサボり。

 勿論店長には秘密さ。


「脂にねっとり感がある。それに手触りにパサッとした感じがない」

「店長が固い肉は嫌だって結構ごねたみたいですよ。それのせいで遠藤が愚痴ってました」

「そうなんだ。でもうん、美味しそう。……いただきます」


 景さんはそっとコボルトジャーキーを口に含んで咀嚼する。

 じっくり味わっている様子がなんか艶やかに見えるのは俺が溜まっているからなのかな?


「最初口に入れた時は塩辛過ぎるかなって思ったけど、噛む度にコボルトの甘い脂がそれと調和して……美味しい。おつまみでもご飯のお供でも食べられるかも」


 感想を呟くと幸せそうにもう1つ手に取る景さん。


 言ってもコンビニで買えるつまみにその反応は大袈裟じゃ――


「うま……。これ、俺の知ってるジャーキーじゃない。普通に焼肉にすると、とろけて消えるような食感だったけど、これはステーキみたいに噛み応えがあって旨い 」

「うん。しかもこれが298円は凄い。これも宮下君が養殖場を整えてくれたから。きっと手に取った人、大勢が喜んでくれる」

「そんなそんな大袈裟ですよ、って言いたいところですけど、今日だけは俺も景さんも胸張らせてもらってもいいかもですね。景さんも夜まで働いて、本当にお疲れ様でした」

「うん。……あれ?宮下君あんまり店にいなかった。それに夜の事務仕事の時は周りに誰も……」

「いや、その、たまたまです!たまたま!ははっ!」


 ヤバい、気になって様子を見に行ってた時があるなんて言ったら、重い人間って思われるかも……ここは適当に笑ってごまか――


「宮下君はいつも私を見ててくれる。……ありがとう」


 景さんはそっと俺の手を握って顔を赤らめた。


「じゃ、じゃあ賄いの準備するから! あ、コボルトジャーキーはキャ、キャベツに合えても美味しいかも」


 パッと手を離した景さんは1袋抱えて休憩室を出ていったのだった。


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