第28話 トロルとガムみたいなスライム

「――【ファイアボール】っっっっ! 全員蒸発しろやぁああああああああ!!」


 【NO1】はスライムの宝庫。


 スライムといえば雑魚モンスターの代表格で新米探索者のレベル上げ御用達のはずなんだけど、服が汚れる、物理攻撃が効き辛い、素材の価値が低い、経験値が少ない、という理由で殆ど空気。


 だから【NO1】に好んで足を踏み入れる様な探索者は珍しい。

 踏み入れてもスライムじゃなくてスライムを補食して生活しているトロル目当ての探索者が主だとか。


 今の俺からすればこれは好都合。


 だってこの【ファイアボール】をいくら撃っても他人に被害がでないから。


 因みに小鳥遊君と店長に相談して魔石を使ったダンジョン探索用のローブを特注して作ってもらった。


 魔石を加工して武器や防具を作ってくれる様な店に行ったのは初めてだったけど、なんというかあれはファンタジー世界だね。


 甲冑みたいなものやら、複雑な形の剣、見た事のない形状の武器、魔法の杖。


 あんなこてこてな装備品を身に付けてる人なんて見た事ないけど高レベル帯でドラゴンとか狩ってる様な探索者はあれが普通なのかな。


 小鳥遊君でさえ黒光りの甲冑には半笑いだったけど……。


「にしても特注のこれはすげえな。火があっという間に消えてく……」


 特注で作ってもらったこのローブは薄手で夏冬問わず着れるオールシーズンタイプ。

 ボタンにあしらわれた魔石から発生する微弱な魔力が耐火能力の高いっていうシーサーペントの合皮の性質を底上げしてくれているらしい。


 なんか色々説明してもらったけどとにかくこのローブは滅多な事がない限り燃え尽きたりはしないらしい。


「階段見っけ。えーっと、1フロア3分位か……じゃあ目標は2時間で、タイマーセットして……。あーあー。んんっ! ええー、今からダンジョン【NO1】のタイムアタックやってこうと思います。1層の階段から最終回層まで目標2時間。3、2、1スタートっ!」


 俺は動画の編集点を意識して、カメラ、画面越しにいる人達へ語り掛けるよう説明をすると、勢い良く階段を掛け降りたのだった。


「――ぴきゅっ!」



 べちゃっ!



「現在34階層。時間は100分。最下層まで残り9フロアです」


 階段の上で道を塞いでいたデカいスライムを敢えて殴って倒すと軽く実況を入れてみた。


 殴って倒したのは、【ファイアボール】の使いすぎなのか、立ち眩みが度々おこるようになったから。


 ステータスにはないけど、MPみたいな概念もあるって事なんだと思う。


 爆破だらけの映像より、ちゃんとした戦闘?も必要な気がするからこれはこれでありかもしれないけど、もっと撃てる数は増やしたいなぁ。


「っし行くか」


 残りは9フロア。

 ここのダンジョンはモンスターが弱い事もあって今までに結構な数の探索者が踏破している事でも有名で、踏破した際の褒美もネタバレ済み。


 その中にスライムの発生装置はなくて、あったのは大きめの魔石とスライムの溶解液が入った瓶だったはず。


 ……しょっぱぁ。


 俺だって養殖場のカスタムっていう目的がなかったらこんなダンジョンに侵入してわざわざ踏破しようなんて思わな――。



 ――くちゅくちゅくちゃくちゃ



「トロル……。初めて本物を見たな」



 岩影から姿を現したのは、巨体でブサイクでおっさんのビールで肥えたメタボリックの下っ腹くらいたぱたぷした腹を持つトロル。


 くちゃくちゃ噛んでる青いのは、ガムじゃなくてスライムか……。


「スライムばっかりで飽き飽きしてたんだ。かかって来いトロ――」

「んがっ!? ふひひひひ」


 トロルは噛んでいたスライムを飲み込むと、今度は丁度近くにいたオレンジ色のスライムを両手で捕まえて、不気味に笑いだした。


 コボルトやゴブリンと違って、縄張りを守ったりするより食欲が優先してしまうらしい。


 何か無視されてるみたいでムカつくな。


「お前、いい度胸だ。なら……喰らえ【ファイアボール】っ!!」


 渾身の【ファイアボール】はトロルに向かって一直線。


 行けっ! それであの不細工な面を真っ黒に焼いてしま――


「ふぅぅぅうううううう……。ずう゛う゛う゛う゛う゛っ!」

「こいつまさか、俺の【ファイアボール】をそっちの意味で喰ったのか!?」


 俺の撃ち出した【ファイアボール】をトロルはそのデカい口で吸うと、ゴクンと音を立てて飲み込んだ。


 魔法攻撃が苦手なスライムに対して魔法攻撃が得意なトロルっていうのはダンジョンの作りとしては厄介。


 でも、不利な状況での勝負ってのはゲームの縛りプレイみたいで……ちょっと楽しいし、燃えるんだよなあっ!


「【ファイアボール】っ!」


 俺は再びトロルに向かって【ファイアボール】を、しかも何発も連続して放つと、立ち眩みながらも自然と笑ってしまっていたのだった。

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