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そして、今日。桔花が家に帰る2日前になって、学長と話す機会が与えられた。ようやくだ。あまりに待たされたものだから、本当に首が長くなっているんじゃないかと思った。


桔花は繁夏セレクトのワンピースに、母から貰った薄手のカーディガンを羽織った。二の腕を隠すのには丁度いいが、少々派手な気がする。大小様々な形をしたビジューが、太陽の光を浴びてギラギラ輝く。


「そんなに気にすることないわよ。学長はファッションのファの字も知らない老人だから」


酷い言われようだ。いつもこき使われ、いい加減、鬱憤が溜まっているのかもしれない。多めに見ても、バチは当たらないだろう。にしたって、学長を老人呼ばわりできるのは、学園内で彼女だけだろう。


「学園長ってどんな人ですか」


入学式での姿を思い出しながら、桔花は聞いた。髭がトレードマークの小柄な男。穏やかな笑みをたたえた、物腰柔らかそうな人。第一印象はそんな感じだ。入学式では保護者の目もあったし、誰もが安心する顔をつくっていた可能性がある。生徒に見せる顔は、また別だろう。

アメは持たず、ムチだけを使う、鬼のような人だったら……。


「学長なんて大仰に言ってるけど、ただのおじさんよ。仕事もあまりできない。そのしわ寄せが生徒会だったり職員にくるの」


素敵な学長像が、ガラガラと音を立てて崩れていく。


「入学式の挨拶だってね、2日前になっても準備してなくて。早く書くように言ったら、代わりに考えておいてくれって。私だって、やることたくさんあったのよ? 他にも……」

「あ、いいですいいです! もうお腹いっぱいです」


こうして、繁夏の仕事が増えていくんだと桔花は思った。上がああだと、下につく者が苦労する。匿名で苦言を呈したいくらいだ。名ばかりの学長なら、誰だってなれる。次は、彼より真面目で働き者な人物が就いてくれるといいが、ああいうタイプは息が長い。他で上手いこと立ち回っているのか、長々と椅子に座り続ける。

昨年流行ったドラマでもそうだった。でっぷりと太った、なんとか課長。名前が出てこないが、その男も仕事をせず、部下にばかり任せていた。学長も同じか。


「さあ、着いた。入りましょう」


角を曲がってすぐの場所に、学長室はあった。繁夏に言われなければ、通り過ぎていたかもしれない。こんな隅に、ひっそりとあっていい部屋じゃないと思うのだが、ここでいいんだろうか。特別な理由があるなら、ぜひ聞かせてもらいたい。

職員室から遠い。必然的に、来客用玄関からも遠くなるこの場所を、どうして学長室にしたのか。どう見たって、倉庫向きの場所だ。薄暗く、埃っぽい。


「準備はいい?」


扉に手をかけた繁夏が振り返る。1つ遅れて桔花がうなずくと、ノックもせずに中に入った。

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