28

あれやこれやとしているうちに、終業式の日がやって来た。全体的に浮かれたムードが漂い、学園内は開放感に満ちていた。学長の長い話も、読み上げられる夏休みの決まり事も、生徒たちは適当な相槌を打って聞き流していく。

早く帰りたい、と誰かが呟いた。

本当に、と桔花はうなずく。

体育館の中は茹だるように暑く、気を抜こうものなら真後ろにひっくり返ってしまいそうだ。

意識が朦朧とする。いっそ、誰か倒れてくれたらいいのに。この学園に、俳優の卵はいないものか。演技レッスンを週5で受けていて、プロデビュー間近とうたわれているような子は。

暑さのせいか、さっきから馬鹿げた妄想ばかりしてしまう。

桔花はおろしていた髪を持ち上げて、首周りにこもった熱を逃す。額や頬に張りついた髪が鬱陶しい。こんな日に限って、普段は手首に2、3本用意しているゴムを置いてきてしまった。

繁夏は反対していたけど、鳴見のように輪ゴムでくくってくれば良かった。髪が傷むのは嫌だからと、突き返したことが悔やまれる。


「……おい、早くやれよ」


悪魔の声がして、桔花はパッと顔を上げた。


「倒れるだけでいいんだからさ。何も難しくないでしょ?」

「少しはみんなの役に立てよ、ギャハハ」


クソ女。桔花は自身が持つ、1番汚い言葉でなじった。もちろん、声には出さない。出せない。


「ちょ、静かにしてよ。先生に怒られるのはヤダよ?」

「いじめの片棒を、喜んで担いでるヤツが言うなよな」

「すごい! 賢そうなセリフっ」

「賢そうじゃなくて、賢いのッ!」


朱乃は言いながら、知里の頭を思いっきりつかんだ。そのまま床に、叩きつけるように……。

誰か、誰か止めて。

誰かじゃない。自分が止めるんだ。

そうだ、自分が止めなきゃ。止めなきゃ、止めなきゃ。

ただ一言、言ってやればいいだけ。直接が難しいなら、先生を呼んだっていい。知里のためにできることは、無数にあったはずだ。

そのどれもを実行に移すことができず、桔花は恐ろしい時が過ぎるのを待った。

1人用の殻にこもって、外から聞こえる悲鳴に気づかないフリをしてしまった。


「先生ー!」


救世主が現れたのだと思った。そのたった一言で、この場の空気を変えてくれる人。期待した。心の底から。知里も同じ思いだったはずだ。

だが、次の言葉で希望は絶望に変わった。


「倒れた子がいます。暑さで具合が悪くなっちゃったみたいで」


ああ、そうか。妙に腑に落ちた。

彼女が先生を呼んだ時、どうして悪魔たちは動揺しなかったのか。舌打ちの1つもせず、静観していたのか。余計なことをしてくれたと、睨まなかったのか。

グルだったんだ。最初から。

終業式を終わらせるためだけに知里を使った。

最低だ。最低だけど……。

あの悪魔たちを責められない。桔花は傷を負った友人を、見殺しにした挙句逃げたのだ。


致命傷を与えたのは、一体どっち?








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