29
担架に乗せられていく知里から、目が離せなかった。どうか、私を睨んでいて。憎悪を向けて。嫌悪して。自分勝手な願いだ。
「そこ、通してくれるか」
いつかの男性教師が、興味本位で集まる生徒たちにシッシと手を振る。
「君もだ。心配なのは分かるが」
その言葉が自分に向けられているものだと、気づくのが遅れた。心の中の自分が、声を張り上げる。
先生、彼女は心配なんかしていません。
逃げた自分を、誰かに裁いてほしいんです。
糾弾されて、罪を償ったことにしたいんです。
済んだことに、無かったことにできたら幸せなんです。
ねえ、そうでしょう? 言いなさいよ。
私は悪くないって。
息がつまる。呼吸がままならない。
こんな時になっても、被害者づらできる自分が怖かった。
「桔花ちゃん」
すれ違いざま、知里の手が桔花の袖に触れた。
バイキン。耳元で聞こえた4文字が、最初は理解できなかった。バイキンって、何のことだ。
「ちゃんと拭いた方がいいよ」
移動してきた摩喜が、優しく微笑んでみせた。
それがあまりにも年相応で可愛らしかったから、桔花は言葉の意味も深く考えずに、うなずいてしまった。
「くだらないことに巻き込まないでくれる?」
肩に添えられた摩喜の手を、誰かがはたき落とした。凛とした声。何者にも揺らがない、唯一無二の人。
「繁夏さん……」
憧れの彼女は桔花に目もくれず、悪魔と相対する。
「私は見てたわよ。脇にいる先生たちに気づかれないようにって、周りをしっかり固めていたみたいだけど」
「は? 言いがかりはやめて下さいよ、生徒会長さん」
「壇上って分かる? あそこ登ったらね、上から全部見えるのよ」
唇を噛む摩喜に、繁夏は勝ち誇ったように笑う。
「考えなさいね。私、あなたみたいな子、大嫌いだから」
「……死ね」
「最近流行ってるの、その言葉? あなたに良く似合うわ」
カッと摩喜の瞳孔が開いた。殴りかかろうと振り上げた腕を、取り巻きの悪魔たちが押さえる。分が悪いと馬鹿なりに気づいたんだろう。桔花はほくそ笑んだ。
「あなたもね、桔花さん」
「えっ……?」
それはどういう意味……。ごくりと唾を飲み込んだ。嫌な汗が噴き出す。
「では、終業式を再開します。司会、次に進めて」
去って行く繁夏。その背中が、いつもより遠くに感じる。正義を貫く彼女にとって、今の桔花は悪魔と大差ない。堕ちてはいけない場所に踏み込んだんだと、これは実質、最後の警告だった。早く知里に謝って、繁夏に許しを乞わないと。神を裏切ってしまった愚かな民は、いてもいられなくなり、体育館を飛び出した。
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