10

彼女の挨拶が終わると、ようやく学長が腰を上げた。他とは違う話が出てくるのかと思ったら、何ら変わらない。失礼ながら、ただ長いだけ。飽き飽きする。立派な髭をしきりに撫でながら、のんびりと話をしていく。トリを飾るには薄い。さっきの繁夏のほうが、最後にふさわしかった。ここにきて、どうしてこの人の話を聞かなくてはならないのか。

桔花はささやかな抗議の意味を込めて、目を閉じた。誰もあなたの話なんて聞いていませんよ。早く式を終わらせて下さい。生意気にもそんなことを考えていると、学長の使っていたマイクがキーンと鳴った。耳を塞ぎたくなるほどの音に、眠りかけていた生徒たちもハッと顔を上げた。全員の注目が、学長に集まる。


「この学園で生活する上で、大切なことをお教えします。きちんと聞いて下さいね」


有無を言わせぬ強い口調に、ピリッと空気が張り詰めた。なんだかんだでつまらない話が続くんだと思った桔花は、あまり期待せず耳を傾けた。


「旧校舎よりやって来る、の件です。詳しくは各クラスに戻ってから説明があると思いますが、皆さんも怖い目に遭いたくはないでしょう。絶対に、女に近づかないようにお願いします」


ざわめく新入生たち。保護者は先に聞いていたのか、落ち着きをはらっている。不自然なほど静かだ。

関わってはいけない女なんて、得体の知れない存在がいると言われたのに、いささか物分かりが良すぎる気がする。


「関わってはいけない女、か……」


その言葉、どこかで。


「以上で、祝いの言葉とさせていただきます。新入生の皆さん、並びに保護者の皆様。本日は誠におめでとうございます」


学長が席に戻っても、新入生たちの戸惑いの声はおさまらない。それもそうだろう。後で説明すると言われても、気になって仕方ない。わざわざ、入学式で話すのだから、かなり大事なことのはずだ。


「国家斉唱。皆様、ご起立願います」


それでも式は続く。静かにするようにとのアナウンスも無く、淡々と。そうなると、黙って従うしかない。話し声が徐々に小さくなり、やがて消えた。

国家斉唱、閉会の言葉と続き、退場となる。


「関わってはいけない女って、アイツじゃない?」

「やめなよ、怒られるんだから」

「大丈夫だって。ね、式が終わったらさ……」


気が抜けたのか、コソコソと話をする少女たち。

目線の先には知里が。完全に目をつけられてしまったようだ。先が思いやられる。来年のクラス替えまで、大きな事件が起きないといいけど。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る