「さ、そろそろ戻らないと。式が始まるわ」

「はいはーい。それじゃ、また後でね」


2人が去ると、室内は途端に騒がしくなった。中には息を止めていた子もいたようで、慌てて深呼吸をする姿も見られた。それくらい、繁夏にはオーラがあった。同じ人間と呼ぶには恐れ多い、あまりにも強い輝き。呼吸を忘れてしまうのもうなずけた。

何人かの生徒は、そんな女神に声をかけられた桔花たちに興味が湧いたようで、好奇心丸出しに近寄ってきた。グループのリーダー格らしい少女が口を開く。どんな質問が飛び出してくるのか、身構えたその時。ドアが開いて、男性教師が入ってきた。白髪混じりの髪をオールバックにした、厳しそうな人だ。集まっていた少女たちは、張り付けていた笑顔を引っ込めて、前を向いた。


「これより、式の流れを説明する。その前に、クラス別に集まってもらおうか」

「は、はい!」


知里の返事が見事に裏返り、窓辺にいた気の強そうな少女の集団から嘲笑される。桔花はそれが自分に向けられたものじゃないと分かっていても、身体の芯がサーッと冷たくなっていく感覚に溺れそうになった。悪意は、どうしてこうも伝わりやすいんだろうか。ほんの少し滲んだ程度でも、十分に人を傷つけられる。恐ろしいものだ。

桔花は知里を気の毒に思ったが、庇う勇気など持ち合わせていなかった。薄情な彼女に代わって怒りを露わにしたのは、壇上の教師だ。


「返事しない連中に浴びせられる嘲笑など、気にしなくていい。胸を張りなさい」

「……すみません」


知里を思っての言葉に違いはないが、それによって彼女は更に萎縮してしまった。


「さあ、時間も少ない。クラス別に、出席番号順に並ぶんだ」


黒板に張り出された用紙を確認した後、少しずつグループが形成されていく。廊下側にA組、掃除ロッカー前にB組、窓際にC組といった具合だ。偶然だとは思うが、クラスごとに特徴があった。A組は元気で明るそうな子が、B組は静かで大人しそうな子が。C組は、言ってはなんだが性格の悪そうな子が多く固まっている気がする。さっき、知里を嘲笑った子たちは、みなC組だ。

もちろん、不幸なことにイメージとは真逆のクラスに分けられた子もいる。知里と桔花が、そのいい例だった。2人の雰囲気からすればB組がしっくりくるのに、運命は残酷にもC組を選んだ。

知里はショックを隠そうともせず、がっくりうなだれた。


「よーし、いいな。では、一人ひとり確認していこう。A組、浅水からだ。呼ばれた者は返事するように」

「は、はいぃぃ!」


桔花の前に立っていた背の高い少女が、知里のマネをする。友人たちは口先だけの注意をしながら、目を合わせてニヤニヤと笑っている。胸糞悪い光景だ。一刻も早く、この場を去りたくなった。桔花でさえ、そう思ったのだ。悪意を一身に受ける知里は、もっと辛いはずだ。数歩先にいる彼女の背中は微かに震えて見えた。

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