芙蓉を刺す
砥石 莞次
爽籟館と男
1
名門、
「それにしても、本当に良かったわ。留守家の女の子はね、代々あの学園に入る決まりなの」
何度となく聞いた話に、適当に相槌を打って、桔花は外の景色を眺める。すっかり殺風景になってしまった。さっきまで見えていたビル群は姿を消し、代わりに田畑が広がる。どこまでも続くそれは、彼女の心を憂鬱にさせた。こんなところ、来たくなかったのに。何もない、つまらない山奥。唯一の救いは、電波が通じていることくらいだった。
「いつまで不貞腐れてるつもり? いい加減にしないと、ママ怒るよ」
形のいい眉毛をキッと上げて、ミラー越しに睨んでくる母親に、桔花は慌てて首を振ってみせた。
「不貞腐れているわけじゃないよ。ちょっと、不安になって」
「そうね。環境が大きく変わるんだもの、無理はないわ」
返事に満足したのか、それ以上、追求の手は伸びない。そっと胸を撫で下ろして、再び窓の外を見る。
古めかしい外観の、大きな建物が近づいていた。
女子寮、
近くの駐車場に車をとめ、持てるだけの荷物を抱えた2人は、ひいひいふうふうと荒い息をしながら、入り口に向かった。
簡易な机とパイプ椅子が置かれた受付に、2人の女子生徒がいる。
「ようこそ、爽籟館へ。新入生ね」
髪を無造作に結んだ女子生徒が、優雅に立ち上がった。
美しい人だ。桔花は、挨拶することも忘れて、彼女の顔をまじまじと見つめた。歪みのない、左右対称の顔。鼻筋は高く、同じ日本人とは到底思えない。ハーフなんだろうか。
「桔花? 何、ボーッとしてるの」
母の咎める声で、ハッと我に返った。
「すみません。あの、留守桔花と申します」
「はい、ご丁寧にありがとうございます。じゃあ、案内するね。お母様はこちらのほうで」
彼女の言葉を聞き、別の生徒がすかさず書類を差し出した。入寮の説明があるようだ。
「あなたはこっち。さ、荷物貸して?」
「あっ、大丈夫、大丈夫です!」
「いいから。ちゃっちゃと運んじゃいたいでしょ?」
平謝りに平謝りを繰り返して、1番軽い荷物を渡す。細々とした雑貨系が入った鞄だ。
また後で、と母に手をあげて、先を行く彼女の後を追う。
爽籟館の中は薄暗かった。太陽の光が微かに入り込み、なんだかぼんやりした印象だ。目が慣れてくるにつれて、周りの家具や調度品の輪郭がはっきり見えてきた。古くて品のある、高級そうな物ばかりだ。ぶつかって壊したらと思うと、ゾッとする。
サーッと青ざめた桔花の耳に、くすくすと笑う声が聞こえてきた。
「ごめんなさい。あまりに心配そうな顔をするから面白くて」
くすくす、くすくす。口元に手を添えて笑う。
上品で大人な彼女の姿に、桔花の顔は一気に赤くなった。恥ずかしい。子どもだと思われた。
「大丈夫。ここにあるものは全て安物だから」
壊しちゃっていいよ、と冗談めかして言う。それでも、安心することはできなかった。彼女の「安い」が自分の「安い」と同じだとは限らない。細心の注意を払いながら、荷物を2階へと運ぶ。
爽籟館は4人で1部屋を使う決まりらしい。先輩、後輩関係なく、ごちゃ混ぜになる。桔花が割り当てられた部屋は、長い廊下を進んだ最奥にあった。
扉には、既に3人の名前が書かれたプレートがかけてある。
室長 3年
副室長 2年
メンバー 1年
「ちなみに、八重樫繁夏は私のことよ」
「えっ!」
「よろしくね、桔花さん」
繁夏はスカートの端をちょんとつまんでお辞儀する。バレリーナみたいだ。桔花はまたも見惚れてしまう。それを知ってか知らずか、繁夏はくるりと一回転して見せた。長いスカートで隠れていた膝小僧が、一瞬だけ露わになって、すぐ隠れた。
「遊んでる場合じゃなかったね。荷物、入れようか」
繁夏の手で大きく開かれた扉の先に、いてはならないはずの先客がいた。
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