記録:クラウド・ホライゾン、アーカイブ2

 砂漠の熱砂には龍が眠っているという。

 町から3日目、ぬいぐるみ運搬の途上である。

 水が暑いと根を上げ始めたのだ。

 地図にない蜃気楼が見えてきていた。

 逆さになった摩天楼が居並んでいる。

 背後に聳える軌道エレベーターが寂しそうだ。

 星空がふかふかのクッションリゾート。

 そろそろパンヤがもしゃもしゃ行進したがってる。

 ラクダに乗りながら考えた。

 これまで得られたものは、声かけられた心からのあたたかい言葉と、ラクダ2頭だけ。他にはなにもない。

 そのことで空恐ろしくなる。無の流砂に飲み込まれそうだ。

 自分には備わっていないんだな。

 町の露天商から妙なものを買っていた。

 型をお売りしますと、言ってきたのだ。

 いくらで、と聞いて、思い出と言ってきたので、どうせ減るもんでもないしと了承したら、幼い頃友達と見た極上の夕焼け記憶を持ってかれて、腹をたててるうちに型を食べさせてくれたのだ。

 塩味が効いていたが、うまいのか、これ?

 食べ足りなくて、文句を言おうとしたらロープを伝ってするする上へと昇っていってしまった。

 離れた枯れ川の怨嗟のうめきが重さを増した。

 露天商のそばから微かな声が聞こえてくるのを思い出した。

 拙く、つっかえっつかえのそれは歌だった。

 子供のだろう。

 月と糸を背にして…ヤギの乳の流れに逆らわずして…眠れる宝の睦を聞き漏らすな

 そこらに伝わる唄のひとつだろう。

 暗示めいているが、そうしたいとは思わなかった。

 それよりも、子供が好きで唄っていたのがこの上なく残っていた。

 気になっていたのだ。

 持て余して、頭の中で転がしているうちに、砂漠の気になっている方角もあり始めて、これはどうしたことかとそわそわし始める。

 天のお導きというより、発作的な衝動だ。

 我慢できなくなって、考え知らずでそちらへ向かってしまった。後悔している。よく考えられていないダイモーンの唆しだからだ。

 見知らぬ見晴らし。

 危険な兆候。

 引き返そうとしたところ、ラクダの足を取られて、そののままずぼり。

 ばさささっ。

 ぼすん。

 この世の全ての火が消えてしまった。

 手探りで冷たい石の手触りを得る。

 懐から護身用の折りたたみの木の杖を取り出し、先の案内人とする。

 型は教える。

 得られてきたことは下町路地での鬼ごっこの経験だ。迷子になった時の方向感覚の記憶。切り抜けられてきた修羅場の殺気。それらとやりとりして、張り巡らせて、逡巡しているうちに、切先に出会った。

 殺し屋の気配だ。

 生きてはいなかった。

 どうやらここで死んだ殺し屋少女の残留思念らしかった。

 物語だ。

 ミイラのカーと物乞いの少女の死の交流から、あの世とこの世をつなぐ境を旅した。

 少女は身体を失ったが、王女の亡骸を仮受けた。

 だから少女を借り受け、闇から抜け出した。

 身体は失ったが、欲望をのぼらせ、唄っていた子供となって目が覚める。

 子供はアサシン集団のもらわれ孤児の少女であった。

『アラビアの夜の種族』が傍に燻っていた。

 悪女であり聖女となるさすらい少女の旅が始まった。

 この世の欲しいだけの悦楽を手中にできるか。

 左道スレスレの魔導を従えて、物語に引っ張られ、掻き乱され、ときにしおらしく、ジンたちも見過ごせないほどに。

 いつまでも歳を取らない少女を人々はジンニーの化身に見る。

 少女には龍の声が聞こえていた。

 呼吸するが如く鬼気をはらませて、型から刀をはしらせる。

 告げられたものは、教えとほしいままにしているものの覗き聲。夜に生まれて、闇に成就するという。

 人を殺さず、あらざるにふるった。

 重なる山から木が生え、実がなり、病を癒した。

 果てにポストヒューマンと相対する。

 剣戟交えるような、語り合いのようなやりとりがなされ、お互いの悲しみを知って何処かへ去りさった。

 いつまでも語られざる秘話としてここに記す。




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