記録:私、とある1日1

 まだ寝ている方がマシだった。

 ぼやっているのが気持ちいいのだ。

 メチャクチャではちゃめちゃなうつつとの境を駆け抜けている。

 コーヒー。

 現実の現人神が急速な覚ましを揺さぶってきた。

 くっそう。病のやつめ。

 メタクソ汚い。

 せめてもの抵抗にとのろのろ起き上がる。ひとつ、伸び。あくび。重要なのです。

 朝のルーティンは短めに、簡潔に、手早く。でもこの時間はある意味至福。頭がホヤっているけどまともだから。

 まとも、まとも、まとも。

 宇宙はまともな法則、定理で出来ているというけれど、この世界はまともとはいい難いし、治し難い病も巣食っている。

 考えていくと悩み続けてどうにかなりそうだし、そもそも考えることそのものがあまりできない(私、)ので、どこまでいってもどこまでいっても救いはないのだ。

 天井の窓を大きめの鳥の一群がひどくゆったり飛んでゆくのをふと見かけて、そこから入ってくる日差しも入れて、ささやかさを噛み締めずにはおられなかった。

 一所懸命歯磨きをしすぎて口の中がスッキリしすぎて逆に気持ち悪い。

 不定形のゼリー状の怪物を思った。

 うん、幾らかはマシ。ヌプゥリ

 おっと!感覚の発作だ。

 周りが妙に冴えて感じる。

 拡張された触覚みたいだ。

 これ以上症状は進まない。

 進みすぎると気持ち悪くなるだけなので願い下げだが。

 きいぃぃんと、大気がキレを増す。

 過分な善かれが身を浸していたので、まず空を見た。

 馴染みののもくもく雲だ。

 ちょうどそばにあった切り株の台に腰掛ける。

 ほやぁ、と気持ちを崩す身体で過ごすことにする。

 どうせ起きるのは行き場のない物語なのだ。

 寂しいのだ、お互いに、ね。

 ひょいとそこらに置いてあったお気にのブラックの500mlボトルのコーヒーを引っ掛ける。

 ごくんと、芳醇な香りと複雑な苦味、コク。

 ざわざわと、こそこそ声が耳を打つ。

 自分の弱みに付け込んでくる添えられる言葉。

 始まりましたか。

 まあ余裕みたいなのは、ある。

 問題は身体がついて来れるか。

 薬はいくらかはある。やれるところまでやってみますか。

 ぐいぃぃぃぃん、と目の前で細長い雲が伸び上がる。ぽこぽこ穴が空いて風の音のように、人の気にさわるところをズケズケ言い放ってくる。

 クるなあ。

 グッと、ぐらつきそうになる己を奮い立たせるも、きもこ悪い。

 上も下も、よくわからない波が押し寄せてきて、心と身体を攫ってゆく。

 体を弓形に、うんうん身体を揺すって耐え忍ぶ形になる。

 しばらく。

 何もしない、できない。

 せんがのんびりジョッキマグを持って通りかかった。

 様子を見て何事もなかったかのようにすぐさまその場を離れてくれる。ありがたい。

 もくもく具合は弾性を持って、壁を作り出し始めていた。私を取り囲もうとする。

 ストレスとシーソーで、うんしょうんしょと押しのける。

 ギュギュギュッとした音が不快だ。

 その頃になると一々の発生する音に敏感になり、頭の中で持っているものを這うように動かしていた。

 雲、コーヒー、自分を見ること、書くこと、音楽、ものがたり。それに、せん。

 私の大事なもの、好きな。

 まずそのひとつひとつの持つ豊かさを思う。

 強く強く念じるように思うのだ。

 それこそそこにそれだけがあるように。

 それこそあらゆる悪さとの押し合いへし合いが続く。

 むにゅにゅんと、頭から雲が押し出される。

 ぐももももと、クレーターができる。

 うっきゃあ?!

 奇声をあげたのは、感覚が変だったからだ。

 それでも数えるように、自分の型を思い返す。

 それを元に、考え始める。ツラいけど。思いめぐらせる、という始まりか。

 枝分かれさせる、それぞれの抽象概念、カテゴリそのものと、道を作るかのように考えをし続ける。

 些細なことから、深く掘り下げ、筋道の通っていたり、揺られたりしながら穴が開く。余裕だ。余裕が生まれた。

 楽しみを楽しむ。

 苦しいなりにやれるもんだ。

 呼吸を意識する。

 息が水蒸気の広がりだ。

 ふわっとプチ雲海のうねりが離れて拡散する。

 自分を見てることを、意識してない程度には、忘れない。時折意識に上ってくる。

 外から自分を見つめている自分がいる。

 ホンワリしてくる。

 こうなると心をあっちゃこっちゃ動かせる気になる。

 旋律が流れてきた。音楽だ。せんがかけたらしい。

 今は聞ける、聞きたかったのでありがたかった。サンクス。

 リズムが動く。

 思考は穿をやめない。

 せんは考えることによって、病は力を得ているかもしれない、と言っていた。

 そうかもしれないけど、考えることはやめるこことができない。

 人間は考えることによって生きているといえるからだ。

 だからこそとめない。進むのだ。

 逃げても、やめても乗り越えは叶わないだろう。

 気持ち悪さとひとときの憂き目との浮き沈みを繰り返し、芯たる型をリフレインする。

 型をゆっくり尋ね回るように確かめる。

 どれくらいだろうか。

 雲が見晴らしよくなった。

 それだけもめっけもん。

 スーッと心の一部が澄んでいる。

 頭の中のこりがずいぶん楽になった。

 少しずつ少しずつ、ゆっくり可動域を広げる。

 苦しみが和らぐ。

 雲は雲に紛れて層を成していた。

 日光を浴びて白銀の輝きを増す。

 せんがどう、とひょっこり淹れたてのコーヒーを持って顔を出した。

 いいねえ。

 冒険した時間から、安らぎの時間へと。

 馥郁たる香りを想像して、ちょっと嬉しくなったのだった。


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