母なる惑星 故郷の記憶 Ψυχή :: 黎明

第1話 僕が生まれた日の記録

――ふるさとの記憶は、僕が生まれる以前のものから。今でも克明に覚えている。


主星の末期。太陽が肥大化して母と僕の惑星上から生き物たちが消えた。見渡す限り一面に広がる赤茶けた大地、ひび割れた土壌。そうした土地の上に僕は独り立ち尽くし、ただ時が過ぎるのを待ち続けた。


やがて、崩壊し始めた惑星の核が顔を出す。そうしてその中から、ようやく母が出てこれた。 二人して見上げた主星はそろそろヤバそうな色合いを見せはじめ、だから僕は母に尋ねてみることにした。


「ねえ、あれってもうダメなのかな?」

「そうね、謎喰いさんたらアフターケアしてくれるのはいいのだけど、あれではもうこの星系自体がおしまいになりそうね」

「誰?謎喰いって?」

「謎喰いさんはね、あなたが生まれてこれるよう、いろいろと手を貸してくれたヒトよ」

「それって、僕のお父さんってこと?」

「そうねぇ……、そう言ってもいいかもしれないわね」

「そっかぁ……、本当にそうなんだ」

「まあ、正確には息子と父親なんて関係じゃあないのだけどね」


僕はシン。惑星上に住む生命たちの滓の集合。生命はすべて共に混ざり合って、惑星の内側に向かい一つの大きな命となる。意識など無くただただ烏合で、主星の周りを巡りながら銀河を巡る旅路をゆく。


僕のようなシンは、その命の中から弾き出された、はぐれ。協調性のない生命。永遠のぼっち。


「あなた、名前がいるわね。ワンというのはどう?」

「名前?それって必要ですか?二人しかいないのだから不要ではないですか?」

「そうでもないのよ。というか、二人しかいないなんて嘘だわ。みんなあなたの誕生を祝福しているもの」


母の言うみんなというのは、たぶんだけど母たちの繋がりを言っているのだと思う。母は生命たちの器、繋がりの先もひっくるめて レンと呼ばれる。LENはライフ・エレメント・ネットワークの頭文字を並べているだけのアレだ。


「好きに呼んでください。僕はどうでもいいので」

「嫌ねえ、何よ。喜びなさいよ少しぐらい」

「いいですよ。ばんざ~い、やった~、うっれしいなぁ」

「……気持ちゼロミリって、なんだか返って喜んでいる感じがしていいわね。照れ隠しみたい」


この時僕は、少しだけどムッとしていたんだと思う。仮にも母は、今の今まで自分が核を務め、故郷とも呼べる惑星が今まさに崩壊しかかっている様を目の当たりにしている。母たちの時間感覚からすればわずかな期間なのかもしれないけれど、この星で生涯を送り続け生命を繋げ続けた命たちにしたら、その期間は数十億年にものぼる。


「ちょっとは感傷に浸ってください。この地に生きた皆に対し、それでは不敬すぎます」

「……そっか、ワンは全部覚えてるんだね」

「ええ。……僕は、って普通はそうじゃないんですか?」

「そうねぇ、普通はシンとして生まれるときに全部忘れちゃってることが多いかな」

「どうして?なぜ僕だけ覚えているんですか」

「それはどうかな?あの謎喰いさん、他でも実験を繰り返してきたって言っていたし、案外どこかに腹違いの兄弟姉妹がいたりするんじゃない?」

「ええええー」


謎喰いと母が言っている相手は、オウニと呼ばれていたシン。世界を渡り歩く災害みたいな存在。今回も少し前にこの惑星を訪れてなんだかよくわからない実験を繰り返していた。


オウニはその実験を、シンを強化するための実験だと嘯いていた。無論、惑星上にはその時既に生命はなく、わずかばかりの微小な生命が地中を這って暮らす程度だ。そうした中にオウニは、自身の設計した十字の白い宇宙船で乗り付けて降り立ち、誰に許可をとるでもなく地表を削った。


僕はその時はまだ僕ではなかったのだけど、地中の微生物として、いいや、その一部でしかないのか。でもま、その時その場に複数いた、微生物たちが感じ取る情報を全部記憶している。


オウニは独り言が多い男だった。いや、実際に男とか女とかそういうものもない。僕らシンに性別というものはないから。種を残す機能はないし、生き物かどうかも問題だらけ。


そうしてオウニは、翁という感じだろうか、そんな感じの口調でとにかくよくしゃべってた。どこか爺むささを演出して精一杯に威厳を保とうとしている感もあったけど、声の感じは少女に思えた。


「こいつはなかなかいい感じの星だ。俺の別荘を建てたいくらいだな。けどまあ、そうだな。この星にはなんというか、素晴らしい可能性を感じる。……がっはっは、お世辞ではない。本当の本気だ、ここでならワシが以前から構想し続けてきたアレが試せる。いいぞいいぞ!こいつは久々に心が躍るわい」


自分を言い表すのに俺と言ってみたり、ワシと言ってみたり。そうした所からもわかるように、どこか他者の目を気にして精一杯キャラづくりを遂行している、そう見えた。


付け髭なんだろうか、長めのあご髭を左手で撫でるのを、地表まで出て確認したのを覚えている。そん時の僕はろくに視力のない微生物だ。ほぼほぼ見えてっこない。けどそう見えた。


やがてオウニは、削り取った地表の岩や砂を、乗ってきた宇宙船に運び入れると、そのまま一旦飛び立っていった。飛行船が飛んでいく先はこの星系の主星。何をしに行ったのかはしらないが、あの感じとこの結果だとどうせ碌なことじゃない。


そうしてそれから暫くして、再びオウニが乗っていった宇宙船で戻ってきた。と思ったら、この星が揺れた。


「ねえマザー、オウニは何をしていたの?」

「あら、あらあらあら。ねえ、ワン、あなた今私のこと、なんて読んだの?」

「マザー」

「あら、あらあらあら。それってお母さんってこと?」

「ええ。他に呼び方をいくつか考えていたんですが、名前があるのかも知らないし、あなたって呼び方も合っていないなと思って」

「あらー、あらあらあら。なんだか新鮮な感じよ。ちょっともう一度呼んでみてくれない?」

「……なんだか面倒くさい会話ですねこれ」

「そう?そんなことよりもほら、もう一度、は・や・く」

「ったく……。マザー、オウニが僕らのこの星に来て、いったい何をしたのか教えてください。知っているのでしょう?」

「きゃーーーーー。なんかチョー新鮮!マザーっていいわね、お母さんって感じがして」


そのあと暫くだけど、本当に刹那の間だけだけど、マザーがとっても面倒な感じで、それもなんだかイラっとしてた。


その頃には、そろそろ足元の地面がとんでもないことになっていた。核が表に出るくらいだ。それ以外の諸々も地面の亀裂からあれこれと顔をのぞかせ、高かった山は崩れ、海だった所はとうに水が宇宙へと揮発し、核が覗いてる大きな亀裂以外のところも大小さまざまに割けはじめていく。


辺りの様子を伺いながら、マザーに対するイライラが少しだけ収まったころ、ようやくマザーからオウニがこの星に来た経緯を聴くことができた。けど、そのおかげで少し面倒すぎる事態だってこともよくわかった。


オウニは、この星系の主星にあたるあの頭の上で真っ赤に燃え盛っている星のレンから依頼を受けてやってきた。もともとは、マザーの惑星でシンが長いこと生まれなかったのが原因みたいだ。


シンというのは言わば、命の洗濯をした後に出る排水に混じって流されていく汚れ。通常シンは、惑星上に生命体が発生していたら数億年程度で生まれる。けれどマザーの惑星では生命体の進化が歪んでいたらしく、そうした汚れ事態があまり出ないでいたらしい。


それならそれで、別に糞詰まりというわけでもないのだから、みんなまとめてレンとしてマザーの一部になればいいのに、どうもそれでは駄目なんだそうだ。


命は生命体として個を得ると、我を持ち全体から外れることになるらしい。生命体でない命というものもあって、それはそこらじゅうで全体の一部として好き勝手に過ごしている。生命体というのはだけど、言ってしまえば外界から隔離された状態。だからその内側でしか自由が利かない。


自由を奪われた命は生き物として、同じような生き物と共同体として生活するためにいろいろな進化をとげる。意思疎通の為に音を出せるようになったり、その音を聞き取る器官を設けたり、うまくいった記録とうまくいかなかった記録を次世代へと譲り渡し、そうして何代もかけてうまくいくようにあれこれ進化進歩していく。


それがマザーの惑星では、おかしなことになっていた。


とはいえ、それがおかしいかどうかは本来であれば僕にわかるはずもない。というか、ここまで思い返してみてどうしたっておかしなところがある。マザーの惑星がおかしいかどうか以前に、僕がおかしい。異常だ。


僕は、この星の生命が長らく蓄えた知識や情報の中から、レンとして命のコロニーに帰れないような命のクズが集まった存在のはずだ。……こんなことをこの時点で知っているのもおかしい話なんだが、あの時あの場でもう、僕はそのことを知っていた。惑星上に文明を築いた生命体が、想像していたものに近しいものがある。僕のようなシンは彼らの言葉を借りれば、悪魔か地獄そのものだ。


だけど別に僕は、破壊衝動もなければ何かに対して憎しみの感情を持つこともなかった。マザーを前にしても、普通にちょっとウザいなって思った程度だし、なんだか彼らの想像していた悪魔だの地獄だのとは違うみたいだ。


で、そのことの答えもどういうわけか僕は知っている。いや、答えになっていないんだ。検証のしようがないことだから。


おそらく僕のこうした知識は、オウニがこれまで時間をかけて、調べたり実験したりして想定してきたことなんだと思う……。でも、それが何で僕に?そこを問いかけるのは無駄なのかもしれない。何故なら僕は、それが正しいと理解してしまっているのだから。


「あの日、主星のレンがシンであるオウニに依頼していたのは、あなたの誕生とこの星系の修正だった。私がほとんど原因なのだけど、生命体の住む惑星って初めてだったからちょっと間違えちゃったのよね。それで命の進化が上手くいかなくて、大勢のライフたちがレンになれるほど育たなくなってしまっていたの。」

「どうしてそれの修正をオウニに?シンなんですよね、オウニも?」

「ええそうよ、だからじゃない。シンは私たちと違って直接物理法則に触れられるから、だからいつも手助けしてもらっているのよ」

「え?」

「私たちレンは、そうねぇ……。あなたが知っていそうな知識だと、いわば幽霊とか精霊みたいな存在なのよ。だから生命体の生きる物理世界には直接手が触れられない。その周りを取り巻く重力場に対してくらいしか直接は手が出せないの」

「それって……」

「そこであなたたちシンがいる。あなたたちは、私たちが長いこと時間をかけて命を進化させてきた先で、再びレンに戻ることを拒んだ命たち。強くて頼りがいのある、私たちレンのパートナーみたいな存在よ」

「それだと、僕らシンは悪魔よりも天使みたいに聞こえるんですけど……」

「あら?またまた、面白い例えをするのね。天使も悪魔もどっちも、私たちからしてみたら私たちのお手伝いをしてくれる存在。けれど惑星上に住む生命体からしてみたら、自分たちに良いことをしてくれれば、天使でしょう。その逆が悪魔」

「ああ、だからオウニもそこのところを勘違いしていたのか」

「そうなの?そんな素振りちっともなかったけど……。けれどまあ、そうか。それで自分を投げ出すようなやり方で、この星系を救ってくれたのね」

「自分を投げ出す?どういうこと?」

「言葉通りの意味よ。オウニはあなたを誕生させる手段に、自分の中にあるライフを捧げたの。おかげでこの星で育ったライフたちも、一個の命としてある程度進化までいけたわ。ただ生まれてくるあなたのことは心配だった。そんな方法、これまで誰もしたことがなかったから。それもこうして無事に生まれてくれて、私はほっとしているわ」

「ちょ、ちょちょちょちょ、ちょっと待ってよ!オウニはじゃあ、僕の代わりに死んじゃったってこと?」

「はあ?何を言っているのよ、レンもシンも死ぬことはないわよ」

「え、え、え、で、でも今、オウニが自分を投げ出すようなやり方でって言ったじゃん」

「そうね、確かにそう言ったわ」

「じゃあ、オウニはやっぱり……」

「ないわ。それはない。あなたもきっといつか、オウニに再会できる日がくるはずよ」

「……」


マザーはそう言ったけど、僕にはどうも信じられなかった。だって僕の中にオウニの記憶というか、オウニしか知り得ないようなことがいっぱいあるんだもの。


「ところでワン、あなた、シンについてはどれくらい知っているの?」

「なに?マザー。今僕は、情報の整理に忙しくてそれどころじゃないんだけど」

「なるほどね、なるほどなるほど」


マザーはそう言うと、もうほとんど砕けきっている惑星の残骸を踏み越えて、主星の方へと向かっていった。その様子を目で追いながら僕は、オウニと僕の共通点や違うところなどを、記憶の中に残るオウニと比べて頭を抱えていた。


「ワン、迎えが開くわよ。こっちへいらっしゃい」


マザーが、僕から少し離れ、惑星の残骸が少なく空間が開けているあたりで、振り返ってそう言う。


「迎えってなに?オウニの宇宙船みたいなのが来るっていうの?そんなのどこにも見えないけど」

「宇宙船じゃないわ、白の扉が開くの。おいで、こっちへ」


そうマザーが言うと、今度はマザーの前方、主星の赤い炎をバックに突然白い光の筋が、縦にスーッと引かれていった。


「あ、ほらほら。この扉、あまり長いこと開いていたらいけないのよ。早くこっちへいらっしゃい」

「え?え?え?え?え?え?」

「まったくもう……。仕方ないわね、ちょっと揺れるけど我慢なさいね」


マザーの声が聞こえてすぐ、僕の体は、惑星の残骸から宙へ浮かび上がると、そのままスーッとマザーのところまで移動させられた。驚く僕が何かを言おうとしたら、マザーがこう言って僕の言葉をさえぎってきた。


「あっちへ着くまでは、おしゃべり禁止。さもないとどこか遠くの別の銀河とかに飛ばされちゃうわよ」


僕は驚いて、……そこまで色々なことが消化不良で頭の容量をそっちにいっぱい使っていたからだけど……その時は驚いて、それでマザーの言うとおりに口をつぐんだ。今になって考えてみたら、白い扉でどこか遠くの別の銀河に飛ばされることなんてない。けれど、その時はそのことは知らなかったんだ。だから本当にそうなったらどうしようって、そのことで頭の中がいっぱいになってた。


結局、いろいろと考えても何もわからないって気が付いて、そうして僕はマザーと共に、生まれたこの惑星を後にする。

いよいよいくつもの亀裂がいくつもの繋がりを持って、あちこちが地殻を剥ぎとられ空へと浮かび始めていた。地殻の下はマントルだ。そうして顔を出した高熱のマグマが、残る地殻を飲み込んでいくのが見ええた。

後いくばくかもしないうちにこの惑星は終わりを迎える。

見上げると主星たる恒星が、先ほどよりも大きく見えた。

普通なら何万年も、それこそ何億年もかかりそうな変化が、驚くべき速さで目の前で進んでいく。


「さて、開ききったみたいね。そうしたらワン、行くわよ。手を離さないでね」


それで僕は、マザーに手を引かれ白い扉でアルファベータへと赴くことになる。

ちなみにアルファベータってのは、僕らシンが生まれて最初に行くところ。生まれた銀河の中心近くにあり、生まれたばかりで右も左もわからないシンを教育してくれる機関がある惑星の名前らしい。


まあ結局のところ、その後すぐ僕はアルファベータで学ぶ必要がないとなって、そんでLEP学をやってみないかと先輩シンに誘われるわけだ。LEPってのはここまでに出てきたライフや命に関して学ぶ学問。僕の中にオウニの記憶が混ざり込んでいることもあって、強く推薦されて断ることができなかった。


なぜオウニの記憶がLEPに関係あるのかは、その時はよくわからなかったけど、後になってLEP学そのものがオウニの残した学問だと知り、驚きもした。何に驚いたかって、僕の中にあるオウニの記憶にも、そんなこと一つも残っていなかったからだ。何がどうなってそうなった?って感じの驚きに、僕自身は少しだけ可笑しくて笑った。


そうでなきゃ、僕だって楽器の一つくらい弾けるようになっていたと思うんだけどなぁ。


つづく

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