パラディン・バンクジャック~聖騎士は銀行をジャックした~

スヒロン

第1話 地に堕ちた日

 アルベス大陸銀行。

 本店、頭取のレイモルは慌ただしかった。

 というか、銀行の土曜日が忙しくなければ、要は潰れる間際ということだ。

 一日に五万人の客を捌くのである。

 取引額は、一週間で金貨一億枚が平均だ。

 しかし、ここで働くことに軽い栄誉と興奮を感じてもいる。

 銀行の一階ロビーには、七人の銀行員。

 それぞれ、それなりに武術や魔法の訓練を積んでいる。

「さあ、終業間際だ。忙しくなるぞ・・・『心に栄光を、客に笑顔を』だ」

 レイモルは、銀行に伝わる言い伝えを部下に言った。


 大陸最大の銀行。

 客も銀行員にも、ここに来ること、働くことへの安心感がある。


「うん? おお、これはこれは聖騎士パラディンさま!」

 レイモルはお辞儀をした。

 超太客のおでましである。

 銀と白の甲冑に身を包んだ男。

 この大陸で最大の討伐パーティのトップである。

「やあ、レイモル」

 その声は透明だった。

 三十キロもの甲冑をつけているのに、物音すら立てずに歩いてくる。


 さらに、その恋人ではないかと噂される美麗な仮面弓師。

 鋼の斧を持った戦士は、二メートルもありそうだ。

 さらに不気味な妖力の傀儡魔導士。

 そして、白い髪をたなびかせた大神官。

「金を貰いにきた」

 聖騎士は言った。

「ええ、武具を買うためですね? どれくらいお入用でしょうか?」

 聖騎士は頷いた。

「金貨で五百億枚だ。この銀行の全てだ」

「は・・・? 何の冗談ですかな?」

 レイモルの表情が強張り、次に戦士のそれへと変わった。


「冗談ではない」


 レイモルは素早く動いた。

 細剣レイピアを抜き取り、聖騎士の肩口を狙う。

 それは鋭かった。

 並の戦士であれば、反応することも不可能だったろう。

 聖騎士は甲冑の肩口に細剣レイピアの先を当て、そしてわずかに身を捻ってレイモルの腕を掴んでねじ上げた。

「みな、何をしてる! 強盗だ! 聖騎士さまの身を騙った強盗だぞ! 私に構わず、捉えろ!」

 

 新人銀行員のアカネイアは、呆然としていたがすぐさま動いた。

「アカネイア! お前なら勝てるはずだ!」

 レイモルは怒鳴っていた。

「お前は天才剣士だ! 私に構わず、倒せ!」

 傭兵団の中でも”神童”とされる女剣士のアカネイアを雇ったのはレイモルだ。

 アカネイアも、

「聖騎士を騙る不届きものめ!」

 と一気に間合いを詰める。


「・・・俺は偽物じゃない」

 聖騎士は言った。

「ウソをつくなあ! 正義のために戦う聖騎士様一行が、こんなことをするはずが・・・!」

 アカネイアも実は聖騎士一行のファンだ。

 というか、『聖騎士グッズ』だとか『聖騎士マニュアル完全公式』だとか、一通り揃えている。

 ならず者出身のアカネイアだが、貧しい人々のために慈善活動もし、弱気を助け強気を挫く聖騎士には、密かな憧れがあったのだ。

(というか、ぶっちゃけ初恋の人だあ! 許さんぞ!)

 アカネイアは怒っていた。

 その甲冑から垣間見える寡黙さと優しさに、憧れていたのだ。




 聖騎士は、レイモルをどんと突き飛ばしてアカネイアにぶつけた。

「くうっ、やはりな! 聖騎士様が、こんなことをするはずが・・・」

「では、見せよう」

 聖騎士は言ってから、

「光のホーリー・スピア

とつぶやいた。


 その手から、部屋全体を照らし出すようなまばゆい光の槍が飛び出していた。


「ば・・・バカな・・・」

 アカネイアは剣を落としていた。

「俺は本物の聖騎士だ・・・死にたくなかったら、金庫を開けろ。さっさとしろ・・・!」


 この世で聖騎士にしか使えない、剣と魔法の複合技だ。

 アカネイアの中で大事にしていたものが、崩壊する音が鳴った。


・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・


「いや、ともかく道路の封鎖・・・マスコミもこの範囲に近づくな、と。いやいや、カンベンしてくれ! 俺には分からんよ! 俺は私立刑事だ! 国立刑事ナショナル・デクスターが来るまでの中継ぎ投手なんだ!」


 ベン・ジャックは狼狽していた。

 妻が着せてくれたコート、ポケットには娘の誕生日用に買った玩具のぬいぐるみ。

 たまには美味しいモノを、と1.5流のレストランを予約していたはずが、全部パアだ。


「聖騎士がホンモノかだなんて、俺にゃサッパリだが・・・中からの魔力はタダモンじゃねえと思うぜ」

 ジャックはそう機動隊員に答えた。


「ジャック刑事! 中から、『取引をしよう』と持ち掛けられています! ・・・聖騎士さまからです!」 


「何イ? ・・・だから、俺は私立刑事なんだ! こんなもんのやり方は知らないんだよ! 国立刑事が来るための道路が混雑してるってことで、あくまで中継ぎを頼まれただけなんだ!」


「しかし、聖騎士さまは『さっさと通話しろ』と」


「・・・カンベンしてくれ。娘の誕生日なんだぞ?」


 ジャックはともかく、無線機を取った。


「こちら、ベン・ジャック。私立刑事だ・・・あんたは聖騎士か?」


「そうだ、ジャック。こちらは35人の客と、七人の銀行員を預かっている」


「ま、待ってくれ! 俺はそういうことはサッパリだ・・・だが、一つだけ。あんた、本物なのか・・・?」


「この声で分からんか?」


「いや・・・何度も聞いた事がある。そしてさっき、『光の槍』を使っていたな。まさか・・・あんたが、どうしてだ・・・・? ・・・あんたは、武人全員の憧れだ! みんな、あんたが世界を救ってくれると思っていた・・・俺だってそうさ・・・!」


「そのつもりだ。いいか、私の目的は・・・『世界の平和』だ。それだけだ」


「クソッタレが! ふざけるんじゃない! もういい、俺はこんな仕事はゴメンだぞ。ここから国立刑事が来るし・・・俺はな、通信制で刑事の資格を取ったんだよ。こんな事件のやり方は習ってないんだ」


「通信制で・・・?」


「そうだ。三年間受けたんだよ。もう一時間もすれば、国立のエライ刑事が来るはずだ・・・そいつとやり取りしてくれ」


 聖騎士はしばし黙った後で、


「・・・ダメだ。お前が担当しないと、人質を殺すぞ。お前のことが気に入った」


「な、何を言ってるんだ!? 冗談じゃない」


「本気だ、ジャック。さあ、まずは人質用の食糧42人分を用意してくれ。コーラも忘れずにな」


「お、おい! もしもし!? ・・・クソッタレ! どうなってるんだ!?」


ジャックは怒鳴っていた。

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