194 私の手を取って!

 「ピーピーピー」


 銀色の機械肌の少女ドライは眼下で次々と倒されていく自分の仲間たちの姿を目の当たりにしていた。

 電子頭脳の計算ではここまでの状況、体たらくは起こりえない確率だった。

 一振りでSランクの凶暴化グロリアリビルダーを倒すだけの力が守護闘士レニールスには与えられているからだ。


 敬愛する主君、オルデから与えられた力と役割はこのようなところで終わってよいものではない。


 それほどの力を持った三体だったはずだ。

 人間の使役する、しかもAランク程度のグロリアにやられるはずはなかったのだ。


 実際、自らが相対する女性とグロリアは内包する輝力量は大きいものの意識と攻撃はちぐはぐで、わずかなダメージも受けるに至ってはいない。


 だが現実を分析しなくてはならない。

 現に三体はやられたのだ。目の前のギランダラスを使役する女性も自らを打ち倒すほどの力を備えている可能性がある。

 そしてその横にいる女性の姿をした存在なにか

 積極的に戦いに割って入ってはこないが、測定不能な存在感を放っているため脅威度は高いと判断している。


 それらに加えて仲間たちを倒した人間たち。

 そのすべてを残った自分が相手どらなくてはならないのだ。


 ナノマシン細胞総出で計算しなくても分かる結果だ。

 この戦況を覆すことはできない。


 普通に戦って・・・・・・いたのなら・・・・・


「ピピピピピ」


 小刻みに点滅するかのような音を立てるドライ。


「これは……内部の輝力値が高まっている。それも急速に!」


 ふわふわと浮遊しながらサイリとドライの戦いを見守っていたイヴァルナス。

 身に着けた天女のような羽衣。そして手に持った刀身の途中がこぶのように膨れたデザインの剣はルーナシア王国では見られない意匠である。


 それもそのはず。彼女ら守護君は、はるか太古に神が作り出した存在だからである。

 神より与えられた使命は世界の安定。個々に与えられた能力を持って大地のバランスを保つのだ。


 それだけ強大な力を有した自らが戦いに介入しすぎることは天地のバランスを崩す。

 そういった理由でイヴァルナスは巫女であるサイリのサポートに徹している。

 相手の分析もその一つだ。


 ともすれば自らと似ている存在である目の前の銀色の機械肌の少女。

 守護君としての力を使えば相手の状態を看破することなど造作もない。


「イヴァルナス様、まさかドライちゃんがパワーアップするのですか!?」


「違うわサイリちゃん。この反応は、この急激な輝力の上昇は、この子、自爆するつもり・・・・・・・よ!」


「ピピピピピピピピピピピピ」


 ドライの発する音の感覚がさらに短くなる。


 やはり侮れない。こんなに早く意図を暴かれるとは思っていなかった。

 自身の生命の根源である永銀炉にすべての気力を収縮し暴走させる。やがて許容限界値を超えた永銀炉は原子崩壊を引き起こすほどの大規模な爆発を引き起こし、目の前の存在も眼下の人間たちも、自身もろともに消え去る算段だ。


 それほどの大規模の爆発ともなると主君であるオルデの体への影響は免れない。

 お叱りは当然だ。主に傷をつけるなどあってはならない大罪。


 お許しいただけるなどとは思っていない。

 だが、せめて、自らの命と、そして敵対する人間たちの命を捧げることで償うのだ。


「自爆なんてやめて! だめだよ!」


 サイリと呼ばれている目の前の女性が語りかけてきた。

 好都合だ。無理やりにでも自爆を止める意思がないのであれば、時間は稼ぎ放題だ。


「ピーピーピー」


 対話するふりをしてさらに時間を稼ぐことにする。


「そんなことをしても誰も喜ばないよ!」


 誰かを喜ばせるために自爆するのではない。


「私たちを倒したいと思う気持ちはわかるけど、それは自分の命を犠牲にしてまで必要なことなの?」


 安っぽい説得だ。自分たちが助かりたいから語り掛けているに過ぎない。


「自分の命を捨てて勝って、それでどうなるの? 勝利って、勝った後に笑顔になることじゃないの?」


 甘っちょろい事を言う。勝者がいれば敗者が存在する。

 勝ったほうが笑えたとしても、負けたほうはどうなるというのか。


「私はドライちゃんに死んで欲しくないよ」


 いまさら何を言っているのか。

 これまで私を殺すためにその爪を、力を、振るっておきながら。


「ピーピー」


 臨界まであと少し。体内の永銀炉の熱が高まっていくのを感じる。

 中心である炉心の温度が極高温である証だ。


「サイリちゃん、もう時間がないわ。説得は失敗よ」


「でもイヴァルナス様!」


「彼女の体内にあるコアは爆発寸前。それを取り除かなくてはこのあたり一帯が消滅してしまう」


「ピーピーピー」


 もう遅い。永銀炉は臨界点を超えた。

 あとは周囲の輝力を吸収しつつ爆発の時を待つのみ。


 目の前の甘っちょろい女性がようやく決意を固めたようだが、もう遅い。

 もう少し早く決断し永銀炉を停止させていたら、自分の命を、他の人間達をも守れたものを。


「ギランダラス、ドラグーンダイブ!」


 ――グオォォォォォン


 稲光を体に纏ったギランダラスがその場を動こうとしないドライへと迫る。


 この一撃は確実に自分の胸を貫くだろう。

 なんだ、やればできるのではないか。


 相手への思いやりなどという感情で手加減されていたことにはいささか立腹してしまうが、今となってはそれもどうでもよい。


 たとえ胸を貫かれたとしても、永銀炉を貫かれたとしても、もはや原子崩壊爆発を止めることはできない。

 間近で同種同量の力をぶつけない限りは。

 だがそれはあり得ない。最愛の主、オルデ様であってももはや不可能なことだ。


 辺りに鋭い音が響いた。


 ギランダラスの鹿のように枝分かれした角がドライの胸を貫き、その中にあった永銀炉を体外へ摘出したのだ。


 ドライはその様子を薄れる意識の中、脳内のメモリに書き込んでいた。


 メモリの最後には爆発によってすべてが光に包まれる様子が記録されるはずだった。

 だが――


「止まって! 止まって!」


 摘出された永銀炉に向かって飛びついたその女は、何を血迷ったのか永銀炉を胸に抱いて念じ始めたのだ。


 そんなことをしても止めることはできない。ましてや膨大な輝力を一点に集めたのだ。

 触れるだけで焼けただれるほどの高温。


 現にその手が、胸が焼ける音がしている。

 人間にすると相当に耐えられないほどの苦痛のはずだ。

 そこまでしてなぜ無駄なことをするのか。


「あうっ……死んじゃ、だめだよ、ドライちゃん!」


 !!

 なぜ自分の名前が呼ばれたのか。ドライは理解できなかった。


「つらい事、悲しい事がたくさんあるかもしれないけど、いいこともたくさんあるの! だけど死んでしまったらそこで終わりなの。これから先ある楽しい事、うれしい事、それに出会うことなく終わっちゃうの! 私はドライちゃんにそれを知ってほしい。それで、その先に、私と仲良くなってもらえたら。友達になってもらえたらいいって思ってる!」


 意味は理解できた。

 だけど彼女の感情は理解できなかった。

 私を生かして、友達になりたい?

 それだけのために自分の体を焼いてるのか? と。


「私、小さいころは引っ込み思案で、友達もいなくて、自分のグロリアのことも怖くて、いつも一人でいたの。一緒におしゃべりしたら楽しそう、一緒に遊んだら楽しそう、そう思っていたけど、遊んでもらえなかったらどうしよう、嫌われたらどうしようって思うと体が動かなくって。そのうちそんなつらい思いをするくらいならって、一人でいるようになっちゃったの。


 でもね、そんなつらい思いも悲しい思いも全部レナちゃんが吹き飛ばしてくれたの。一緒に遊んで一緒に笑って。心がふんわりするような、ぽかぽかするような。そんな気持ちになれたの。それが友達なの。

 だから、ドライちゃんにもそれを知ってほしい。それで私と一緒に笑って欲しい!」


「ピピピピピピー」


 友達。考えもしなかった。アインたちは仲間であって友達ではない。

 だがオルデ様の意思を遂行するにはそれでよかった。

 だから誰かと仲良くすること、友達となって笑いあうことなど考えたこともなかった。


 自らの体を顧みず自分を救おうとする女性。

 無償の愛というやつだろうか。知識としては知っているが、あたたかい・・・・・

 いや、暴走する永銀炉が温かいだけなんだろう。


 もはや爆発は避けられない。だからあなたも、すぐに永銀炉から手を放して。

 わずか後に死ぬとしても、それまでつらい思いをする必要はない。


「手を、手を伸ばして! その意思があるなら、私の手を取って!」


 あっ。

 ドライは我に返った。


 無意識のうちに女性に向かって手を伸ばしていたからだ。

 不可解極まりない。なぜ機械であるはずの自分がこのような不合理なことをしているのか、と。


 握り返されたその手は冷たかった。

 本来なら温かいと感じるはずが、永銀炉の暴走によってその熱が体を伝わり手まで伝播して、人間の通常体温をはるかに超えていたからだ。


「イヴァルナス様!」


「わかったわ!」


 そこからのことはよくわからない。

 メモリの容量をオーバーして一時的な記憶障害が起こっているようだ。


 ただ、現状から把握すると、永銀炉は喪失ロスト。それによって原子崩壊爆発は起こらず、敵を倒すこともかなわず、自らも死ぬことができなかった。

 いや……自分はそのうち死ぬだろう。心臓部分である永銀炉を失ったということは生存することができないのだから。


「ドライちゃん! ドライちゃん!」


 体がゆすられている。

 人間であれば通常はひどいケガを負った人を激しく揺さぶってはいけない。


「ぴぴー、ぴー……」


 未だエラーが発生しているカメラアイをどうにか開いてみる。


「よかった、気が付いた!」


 想像していたとおり眼前には戦っていたあの女性の顔があった。

 永銀炉が相当熱かったのだろう。その目からは涙が流れている。


「その……私の呼びかけに応えてくれてありがとう」


 手を取ったことだろうか。それは無意識だ。

 それに、死という未来は避けられない。


「大丈夫、大丈夫だよ。もしかしてオルデさんに怒られるかもしれないけど、その時は私が守ってあげるから」


 何を言っているのか。私はもう機能停止するのに。

 永銀炉の鼓動もなくなって……なくなって?


 今気が付いた。鼓動はなくなってはいない。


 ゆっくりと胸に手を持っていき、その鼓動を確認する。


仮初かりそめの心臓。さっきの心臓は爆発を止めるために消滅しちゃったから……。さすがに本物と同じにはいかなくて、力もほとんど出ないと思う。勝手なことをしたってドライちゃんは怒るかもしれないけど……でも、それでも、生きていてくれてうれしいよ」


 そうか。生かされたのか。

 原子崩壊爆発も防がれて、永銀炉も失い、敗れた。

 仲間たちを失って、役目も全うできなかった。オルデ様の期待に応えることができなかった。


 オルデ様が私を消すというのならばそれに従おう。

 だけどそうではないのなら……。


 ドライは目の前の女性をじっと見つめ続けていた。

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