193 人間のメスに抱き着かれてもなんとも思わん

 地上のもう片方。

 白い体毛に覆われた耳の長い少女アインと少年の姿のナヴィガトリアヴォーヴォリーガ・ヘフガーが戦っている。


 戦っているとはいうものの、宙に浮かんだアインが目視できない衝撃波のようなもので一方的にヴォヴォを追い込んでいる。


「ちょっとヴォヴォ、なんで反撃しないのさ。ヴォヴォならあんな子余裕で倒せるでしょ」


 リリアンがぴょんぴょん跳ねながら訴えかけている。

 彼女は後方の衝撃波の及ばない場所にいるので、彼女が飛び跳ねていることに特に意味はない。


「少し黙っていてくれ。手元が狂う」


 放たれる不可視の攻撃に対して体をひねって、腕を地について回転して、ジャンプして……踊っているかのようにそれらを回避していくヴォヴォ。その小さな子供のような容姿からも、ただ遊んでいるだけのようにも見えてしまう。


「グロリアを痛めつけるのは趣味ではありませんが、これもオルデ様のためです。無から私達を生み出し、寵愛を与えてくださるオルデ様。すべてのグロリアはその寵愛の元に生きるのが幸せ。これでトドメです」


 アインは空へと両腕を伸ばす。

 小賢しくも跳ね回る相手を倒すための大技。その準備に入ったのだ。

 白くきれいな長い耳はピンと伸び、微動だにしていない。


 一秒、二秒、三秒。

 戦闘中にそれだけの時間を静止することは大きな隙となるのだが、アインは技の準備中もずっと視線も殺気もヴォヴォから逸らしておらず……いつ発動するかも分からない未知の技に対して二人は迂闊に動くことができないのだ。


「ヴォヴォ、なんかやばいよ。何も見えないのに凄くやばい感じがする。空の太陽が落ちてくるような、そんな感じ」


「ほう、お前もそれくらい感じ取れるようになったか。半分正解だ。太陽というか暗黒渦だな。反作用を起こした輝力が超圧縮されている。すべてが吸い込まれて塵と化すだろう。私達だけでなく、ここら一体、彼女の仲間も巻き込んで」


「えっ!? それはだめだよ!

 アインちゃん止めるんだ! 仲間もろとも攻撃するつもり!?」


「オルデ様のためです。あの子達も文句は言わないでしょう」


「いや、文句言うよ! ね、ちょっと落ち着いてさ」


「戯言は結構です。粉微塵になって消えなさい。インビジブル・エデンズフォール!」


 両腕を眼下へと振り抜くアイン。

 不可視の暗黒渦が荒れ狂うような音を立てている。周囲の空気を吸い込みながらリリアンとヴォヴォへと向かっている確かな証拠だ。


「うわぁぁぁぁ、ヴォヴォ~、助けてぇぇぇ!」


「うるさいなぁ。抱き着くな。私は人間のメスに抱き着かれてもなんとも思わん」


「今そんな話をしている場合じゃないよぉ!」


「いいや、もう終わった」


「え?」


 その瞬間。

 地面に不可思議な模様が描かれた魔法陣が現れ、アインを中心にして五つの光が立ち上る。


「こ、これは!」


 光の中心でアインは動きを止める。

 いや、止めざるを得なかった。なぜなら体がピクリとも動かなくなったからだ。

 同時に、暗黒渦へ供給していた自身の輝力の流れも断ち切られている。


輝光帝太極陣きこうていたいきょくじん。私が100年の間しっぽに溜め続けた力だ。この光はお前を輝力の一粒一粒まで分解し、消し去る」


「逃げながらこの陣を作っていたんだね、さすがヴォヴォ!」


「そ、そんな、ばかな。私が、守護闘士レニールスの私が!」


 油断したわけではない。慢心したわけでもない。

 相手の能力を間違いなく読み切り戦いを進めたはずだった。


 身に着けたメイド服の袖の先が、スカートの端がボロボロと光に消え同化していく。


「あぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 声にならない声。


 驚愕、侮蔑、憎しみ、喪失、愛情。いろいろな感情が吹き出すように溢れてきて。

 唯一自由になる口でそれらを思いのたけを心の奥底から放ったのだ。


「ふん、生まれて数日しか経っていないような小娘が、この方1000年は生きている私に勝とうなどと片腹痛い」


 陣からの光が中央に収束していき、キンッと耳をつんざくような一際高い音が響いたかと思うと光は消え、その後にはアインの姿はどこにもなかった。


 陣の消滅と共に勝負は決したのだ。


 ◆◆◆


「アイン!」


 強大な輝力を放出する五芒星の光が空へと昇っていく様を見て、両腕がカマの少女ツヴァイは一瞬動きを止めた。

 ツヴァイは守護闘士レニールスの中では自分が最強だと自負している。ただ、長い耳の少女アインはその自分に唯一相対する事ができる強さを持っていると言う事も認めていた。


 彼女への敬意が、信頼が、眩い光によって打ち砕かれたのだ。

 その事は一瞬とは言え動きを止めるに十分な理由だった。


「武家の頭領の前でよそ見するなんて余裕じゃない!」


 無論その隙を見逃すミーリスではない。


 二人は今、空中で戦っている。

 バトル物ではよくある、攻撃を連打してると何・・・・・・・・・・故かだんだん空中に上・・・・・・・・・・がっていく現象・・・・・・・によって。


 そんな状態で一瞬動きを止めたツヴァイに対して、セブンドアティッピーが長く太い足に遠心力をかけた一撃、バックスピンキックを叩き込む。


「ぐっ!」


 ツヴァイもまた強者だ。

 一瞬注意は逸らしたものの、すぐさま意識を対戦相手に戻して攻撃に対処する。


 だが叩き込まれた蹴りにガードするので精一杯。

 勢いよく振り下ろされた脚の勢いを殺しきれず、地上へと落下する。


「ジルミリア!」


「おう!」


 その様子を地上で見ていたジルミリアは落下してくるツヴァイに対して狙いを定める。


「やらせませんよ。私がいますから」


 幽霊の少女フィーア。

 もちろんジルミリアはフィーアと戦っているため、上空から飛来するツヴァイを相手にするためにはまずフィーアをなんとかしなくてはならない。


 フィーアは霧状の自らの体の粒径をさらに小さくし、より広範囲に広がってジルミリアの足を止めようとする。


「それがやらせるのよね」


 幽霊の少女は自分の耳を疑った。自分の真後ろで、すぐ耳元で声が聞こえたからだ。

 自身の索敵能力には自信があった。霧のような体を広範囲に展開し、範囲内の生物の動きを掴むのだ。その能力は自他ともに認めるもの。


 それをすり抜けて、これまでまったく気配が無かった背後。そこから声がしたのだ。


 幽霊の少女は反射的に振り向くとその姿を目の当たりにする。

 そこには今まで上空で戦っていたはずのミーリスと彼女が乗る七色の羽をもつ鳥グロリアが居たのだ。


 ぞわりとする感覚。

 これまで気づかないうちに背後を取られたことなどなかった。

 スピードに優れたカマキリの少女でさえ自分の背後を取ることはできなかった。

 それが今、自らの耳が声を拾うまで敵の接近を許してしまったのだ。


 恐怖。

 今まで味わったことのないこの感情はきっと恐怖だ。

 なぜなら体が動かないからだ。


 幽霊の少女は刹那の間にそう認識した。


「くらいなさい! 虚空波動脚!」


 自らに迫るミーリスとセブンドアティッピーがコマ送りに見える。

 単純な物理攻撃はこの霧のような体に通じる事はない。炎も水も、風も雷も。

 その場から散らされることはあってもダメージを受ける事はないのだ。


 だが、この一撃は違う。彼女はそう思った。

 青白く光る太い脚のこの一撃は容易に自らの体を光の粒子へと変えてしまうだろう。


 あとわずかでその攻撃が到達する。もはや防御も回避も不可能だ。


 彼女は目を閉じると、残り僅かな時間で主であるオルデに謝罪と、そして愛の祈りを行った。


 ◆◆◆


 セブンドアティッピーの蹴りを受けて落下するカマキリの少女ツヴァイ。

 流石に宙を蹴って勢いを殺すなんていう芸当は出来ない。


 眼下には自らが戦っていたはずの女に幽霊の少女が破れた去った姿があった。


 そして脅威がある・・・・・・・・


 今から相対する事になるあの牛グロリア。

 巨大な剣を構え、自分を両断しようと待ち構える相手。

 あの一撃は並大抵のものではない。落下する不安定な体勢で回避したりいなしたり出来るような部類のものではない。


 となると答えは一つだ。


 攻撃、破砕、撃滅。


 自分の両腕に備わった超硬質の鋭いカマ。それを渾身の一撃で叩きつける。

 どんな相手だってそれで粉砕出来る。Sランクグロリアですら自らの一撃を受けるとあっけなく砕け散った。そんな絶対的な力。


 カマキリの少女は両腕を合わせると、目の前に迫る牛グロリアめがけてそれを振り下ろす。


「ぎゅうたろう! 跳べ!」


 迫るツヴァイの姿。

 自ら向かって来てくれるとは好都合。


 隙があれば切りかかろうと考えていたジルミリアだったが、これまでいくら隙を探してもメイド服の少女二人ともに隙は無く、相対していたフィーアの警戒圏から出る事も叶わなかった。


 だが今はもう違う。フィーアという後顧の憂いはミーリスによって断たれた。後は目の前のカマキリの少女。

 攻撃さえ通じればどんな相手にだって負けるつもりは無い。

 幼馴染である女性、自分では認めたくはないが、どうやら自分が惚れてしまっているあの自由騎士の女性にだって負けるつもりは無い。


飛焔剣二式久遠両断ひえんけんにしきくおんりょうだん!」


 声が空気を震わせている。

 力が入ったのだ。


 目の前のカマキリの少女は間違いなく強者。

 そしてその強者を打ち破ってやらんとする気概によって。


「うおぉぉぉぉぉぉぉぉ!」


 上から振り下ろされるカマ。

 下から振り上げられる巨大な剣。

 その二つが接触する。


 火花が散る。

 カマが、剣が、それぞれが相手の得物をを打ち砕いて相手に到達せんとして。


 その気概でカマキリの少女は力の限り、全身全霊をもって、腹の底から声を上げて一撃を撃ち込んでいるのだ。


 ――ぶもぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!


 ニノタチイラズ ぎゅうたろうとて同じことだ。

 主からの強い想いは伝わってくる。そして自らもグロリアとして強者を打ち倒したいという高ぶりを抑える事ができない。


 ぎゅうたろうは自らを強者と思ってはいない。いつでも自分は挑戦者。これまで幾多の敗北を乗り越えてここまで来た。乗り越えて乗り越えて乗り越えて。そうして強くなってきたのだ。

 そうしたこれまでの積み重ねを全てぶつける。この強者にぶつけて、そして勝ちを掴む。

 自らと、そして主のために。


 ――ピシッ


 激しい火花が散る中、その音を聞き取れたものはいないだろう。

 まさしくそれは交差する二つの武器の最後を告げるもの。


「ば、馬鹿な、オレの、オレのカマが!」


 僅かな痛みが、違和感がツヴァイに伝わった。

 その鋼鉄以上の強度を誇るカマが、どんなグロリアだって両断してきたカマにひびが入ったのだ。


「終わりだ!」


 ぎゅうたろうがさらに攻撃の出力を上げる。

 ニノタチイラズの名の通り、ここですべてを出し切る覚悟で。


「ば、ばかな、ばかな、ばかなばかなばかな、ばかなぁぁぁぁぁぁ!」


 それがカマキリの少女の最後の言葉だった。

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