ヤダヤダヤダと泣かれても俺スライムなんで -お嬢様と過ごすモンスターライフ-

セレンUK

001 ヤダヤダヤダと泣かれても

「ヤダヤダヤダーッ! こんなのヤダーッ!」


 俺の前には泣きじゃくる女の子の姿がある。


「ミイちゃんみたいなもふもふとか、ナノちゃんみたいなとりさんとかがいいーっ!」


 そばにいる大人が慰めているようだが、全く効果が無い。

 幼子特有の駄々をこねるというやつだ。


「うわーん、うわーん!」


 大声を張り上げながら大粒の涙をボロボロと流す女の子。


 泣かせてしまったな。申し訳ない……。

 というのも、この女の子がこれだけ泣いている原因は俺にある。


「あんな緑色のぶにぶになんてやだー、あーん、あーん!」


 女の子は俺のほうを指さしてそう言った。


 そう、俺は女の子の言う通り緑色のぶにぶになのである。

 なんたってスライムだからな!


 うさぎのようにモフモフだとか、小鳥のように愛嬌があるとか、そんなことは全くない。

 この女の子が嫌がるのも無理はないというものだ。


 ならもっと可愛いのを用意したらいいのではないかと思うだろうが、お人形遊びのように人形をとっかえるような、そんな簡単な話でもないのだ。


 なぜなら俺は召喚によってこの子に呼び出されたのだから。


 俺の名前は有馬健太郎ありまけんたろう。35歳の日本人だ。

 いや、日本人だった。


 なぜ俺がスライムなのか。なぜこの子がこんなにガン泣きするに至ったのか。

 それをこれから説明しようと思う。


 ◆◆◆


 この世界は地球とは別の世界。

 人間とグロリアが仲良く暮らす世界だ。


 グロリアというのは地球で知られているモンスターのようなものだ。

 俺のようなスライムから強大なドラゴンまで、神からの祝福と言われているグロリアはこの世界に欠かすことのできない存在なのだ。


 この世界の人たちは誰もが自分のグロリアを持っていて、共に生活し時には力を借りたり、時には喜びや悲しみを共有したり、そうやってパートナーとしてグロリアを大切にしているのだ。


 そのパートナーとしての始まりが召喚だ。

 これから長く過ごすことになる自分のグロリアをこの世界に呼び出すのである。


 最初の召喚は大体4歳から5歳くらいに行われる。


 ここまでお話しすればお分かりになるだろう。

 目の前の女の子は、期待に胸を膨らませた最初の召喚で、自分の思い描いていたグロリアとはかけ離れた緑色のぶにぶにのスライム、つまり俺を呼び出したため泣きじゃくっているのである……。


 ◆◆◆


 ――すう、すう……


 俺の目の前には泣き疲れて寝てしまった女の子の姿がある。

 金色の髪を短めのツインテールにした女の子。

 あつらえた子供用の紺色の制服がよく似合っている。

 まだ成長期を迎えていないため身長は低く、走ると転んでしまうのじゃないかというバランスにハラハラする、そんな子供だ。


 女の子の名前はレナと言うらしい。


 先ほどガン泣きしていた屋外から移され、建物の中にある一室のベッドの上に寝かされている。

 この建物はどうやら地球でいう幼稚園のようなもののようだ。

 レナと同じぐらいの子供たちが建物の外で遊んでいるのが見える。

 その誰もかれもが笑顔で自分のグロリアと遊んでいるのである。


 正直、この子の期待に沿えなくて申し訳なかったなと思っている。

 召喚されたのが俺ではなく、モフモフの子猫であるタイニーキャットや可愛い小鳥であるリトルフェザーのようなグロリアであったのなら、レナもあの中に混じって笑顔を見せていただろう。


 ――カチャリ


 扉が開かれた音がし、一人の女性が音を立てないようにゆっくりと部屋の中に入ってきた。保育士……いやこの幼稚園の先生だ。


「ふふふ、よく眠っているわね。あんなレナちゃん見たことないってくらいに泣いてたもんね」


 どうやらレナの様子を見に来たようだ。

 大人しく寝ている様子に安心したのか微笑みを浮かべている先生。

 レナが寝返りをうってずり下がっていた布団を静かにかけ戻している。


「あなたも大人しくていい子ね」


 じっとその様子を見ていた俺に語り掛けてくる先生。


 俺はベッドのそばにあるテーブルというか水置きというか小さな台の上に乗っているのだが、先生は膝をかがめて目線を俺と同じ高さに合わせている。

 幼子の面倒を見る先生ならではの仕草だ。


「あんな風に大騒ぎしていたけど、レナちゃんは優しくていい子なの。仲良くしてあげてね」


 二コリとほほ笑むと先生は部屋を後にした。


 仲良く……か。俺だってできる事なら仲良くやって行きたい。

 だけど先ほどの荒れに荒れた嫌われ様を見ると、どうにもうまくやっていけるイメージがわかない。


 それにまだ俺とレナとは契約を結んでいないのだ。

 召喚者の人間はグロリアと契約を結ぶことによって契約者マスターとなる。

 それによって晴れてグロリアはこの世界に顕現し続けることが可能になるのだ。


 つまり契約を結ばなかったグロリアは、いずれ消えてしまう。

 あの嫌われようじゃあレナは俺と契約を結んでくれそうにない。


 まあそれがこの子の幸せにつながるのであれば、やむなしかなとも思う。

 そんなに頻繁に行う事ができるわけではないが、なにも召喚は今回一度きりというわけでは無いのだ。


 次の召喚がどれくらい後になるのかは分からないが、次はもふもふやらふわふわやら、そういうグロリアを召喚して心を通わせるほうが幸せだろう。


 それでも、消えてしまうまではレナに召喚されたグロリアとしてこの子のそばにいることにしよう。


 ――ゴトリ


 気持ちを新たにした際に無意識のうちに体がプルンと動いて、テーブルの上にあった小さな置物を倒してしまった。


「んっ、んーん……」


 その音でお嬢様が目を覚ましてしまったようだ。

 小さな体で大きな伸びをすると、目をこすりながら体を起こし、そして……俺と目が合った。


 ちなみに俺には目玉は無い。

 レナからすると目と目が合ったわけでは無く、ただ俺のほうを見ているだけなのだ。


「………………」


 しばらくの沈黙。

 レナはくりくりの綺麗な青色の目を大きく見開いてこちらを見ている。


 あ、口元が……。


「う……、うわーん、わんわん、ヤダヤダーッ!」


 思った通り泣き出してしまった。

 寝たら落ち着くかと思ったがそんなことは無かったようだ。

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