第47話 茫然自失のガンツ

「すっごーく痩せてボロボロだったよねー。泥汚れで汚かったから川の場所を教えてあげたのー」


 ヴァンの背中に跨ったディーは木の枝をふりながらクスクスと笑った。




 キラキラと輝く水面にはゆったりと泳ぐ魚の姿が見え、腹をすかした二人はごくんと生唾を飲み込んだ。


「にいちゃん、おなかすいた」


「ああ、あの魚美味そうだもんな」



 矢を番えて狙いをつけた時、後ろからディーの声がした。


「ダメダメ、先に水浴び! ご飯はあたしが準備したげるから。

そんな格好じゃあたしの森には住ませてあげないからね」


 腰に手を当てて頬を膨らまして怒っている。



 リンドが不承不承川に入って頭から水を浴びる。濡れた髪がぺたりと張り付き尖った耳が露わになった。

 顔からは薄茶色い水が流れ落ちていく。



 すぐ横ではカノンが小さな手で一生懸命顔を洗っていた。



 一張羅のローブも水につけて洗い、身体とローブを風魔法で乾かした。




「こっちに来て! あたしの秘密の場所に連れてったげる」


 すっかり綺麗になった二人がディーに連れて行かれた場所には、たわわに実った林檎やオレンジ。その他にも柘榴や葡萄。

 足元には沢山の野苺が実っている。


「あたしが色んなとこから集めたの。季節感はないけどねー、ふふ」




 ディーは自慢げな顔で林檎をもいでカノンに渡して来た。


「あんた達には特別に許したげる。いつでもここに来て良いからね。

この近くにはうさぎとかいるし、さっきの魚もいるし」



 あんた達が水浴びしてる間に貰ってきたと言って、草の葉に包まれた塩をリンドに渡してくれた。


「あんた達にはこれがいるんでしょ? あたしには必要ないけどね」



 その日からリンドとカノンはお腹一杯にご飯を食べ夜ぐっすりと眠れるようになった。




「母さんは地に落ちた神器を探しに地上に降りた時、カノンの父親に会ったって言ってた。

見つけた神器を神殿に戻した後、僕を連れて地上に戻ろうとしたけど許されなかったんだ」



 リンドは少年のように見えるが既にニ十九歳。リンドが自分よりかなり年上だと知ってミリアはショックを受けていた。


「エルフは長寿だから僕はまだ成人ですらないんだ」


 カノンは八歳。言動が年齢より幼いのは過酷な生活環境のせいだろう。


(リンドが過保護なのもあるかも。ウォーカーみたいなんだもん)



 ミリアがウォーカーと離れ離れになったのが八歳。丁度その時と同じ年齢のカノンにますます親近感が湧いたミリアだった。





 毎日、昼はコンポジット・ボウの練習で夜は炎魔法の練習と忙しい時間を過ごしていたミリアに、ガンツが新しいワンドとミリア専用のコンポジット・ボウを持ってきた。


「矢は今んとこ二十本、鏃はヒヒイロカネ。

足りなきゃ言ってくれ。マックスが張り切って作ってる。

矢筒は言われた通り、中をヒヒイロカネで覆ってある。

弓懸は予備も含めてナナが作った、あいつは手先が器用だからな。

微調整したいから試し打ちに付き合いたいんだが」


「弓の先生がいるんで、その人と一緒でも構いませんか?」


「おう、俺っちはいつでもいいぜ」



 ミリアがディーをチラッと見ると元気よく頷いた。


「その人? コンポジット・ボウを凄く気に入っていて、作りたいってずっと言ってるんですけど・・」


「構わん、ミリアの先生なら俺っちも気合が入るってもんよ」



 豪快に笑うガンツを連れてミリア達はいつもの森に転移した。




「ちっこいひとだー! ミイちゃん、このひとはだあれ?」


 ケット・シーとかくれんぼをしていたらしいカノンが木の陰から飛び出してきた。


「おい、俺様が鬼なんだぞ。出てきたら探せないじゃないか!」




 毎日ミリア達が来るようになってから、広場はカノンの遊び場になっている。

 ケット・シーとかくれんぼをして、猫達を追いかける。以前より日に焼けて身体付きもふっくらしてきた。

 ミリアが持ってくるお菓子のせいもあるだろう。



「ドワーフのガンツさんって言うの」


 ガンツはカノンを見て呆然としていた。


「おいおい、エルフじゃねえか」


「この子はハーフエルフのカノンちゃん」


 ガンツが慌ててミリアを振り返った。


「ハーフエルフ! こんなとこにいて大丈夫なのか? 人に見つかったらヤバいぞ。

いや、大丈夫か。この周りの木は全部トレントだよな。

そうだな、ディーもいるしいざとなりゃフェンリルとミリアもいる」


 ガンツは一人問答を続けていて、リンドが走ってやってきたのにも気づいていない。



「ミリア、彼がガンツさん?」


 はあはあと息を切らしながらリンドはガンツの背中を見つめている。


「そう、新しいコンポジット・ボウが出来上がったから」


「みっ、見たい。それにガンツさんと話がしたいんだ。それに・・それに」


 我に帰ったガンツが振り向き、


「・・だよな、あんなチビがいりゃあ保護者もいるわな。いや、こいつもチビか? だとしたら・・」


 再び一人問答の世界に入り込んだ。




 ガンツがこちらの世界に戻ってきたので、挨拶と新作の品評会を兼ねてのお茶会がはじまった。


 ディー・カノン・ケットシーはお菓子に夢中で、ヴァンは離れたところで丸くなり尻尾で虫を追い払っていた。



 リンドはコンポジット・ボウを捧げ持ち感動で声を振るわせている。


 上気した頬・潤んだ瞳・薄く開いた口元が壮絶な色気を醸し出していた。



「ガンツさん、あの・・」

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