第36話 臆病なノッカー

 小柄なノッカーの身体が揺らぎはじめ、デーウの醜悪な巨体に変わっていった。


 額に生えた角と白眼のない真っ黒な目。鼻は右に曲がり大きく裂けた口からは異臭を放っている。

 筋肉の塊のような身体は浅黒く手には身の丈ほどもある両刃刀を抱えている。


 鋭い鉤爪で頬を掻くたびに薄らと血が滲んでいく。



 ミリアの横ではじめてフェンリルが『グルル』と唸り声を上げた。



「一応聞いてやろう。何で分かった」


「ノッカーなら一番にヒヒイロカネを欲しがるし、さっきの石ころに騙されたりなんかしないもの」



「それなりに観察眼はあるようだが残念だ。さっさと花を出せば殺さずにいてやろう」



「暴力の大好きなデーウの言葉なんて信じられないわね。

なぜ、不老不死の花なんて盗んだの?」


「盗んだのはボギーで俺じゃない。

愚かで間抜けなペリが馬鹿なボギーにお宝を盗まれた・・面白い見世物だろう? いい暇つぶしになった」


 歪んだ醜い顔でゲラゲラと下品に笑うデーウ。



「楽しむ為に私の両親を殺したの?」


「ああ? 何の話だ? そうか、貴様はあの時の餓鬼か。

大したことのない両親だったぜ、あっという間にポックリだ。

あの後のペリの悲壮感漂う顔には楽しませてもらったがな」



「あんただけは絶対に許さない」


 ミリアはアイテムバックからガンツの杖を出し構えた。



「弱い奴はすぐ吠える。さっさと花を出さんとここにいる奴らを一人ずつなぶり殺しにするぜ。どうする?」



 ミリアはデーウを睨みつけ【ライトエリア】【ライトランス】を立て続けに放った。

 デーウが避け一瞬怯んだ隙にガンツ達が一斉に襲いかかったが、デーウが両刃刀を振り回した風圧で小柄なナナとマックスが吹き飛んだ。



「たかがドワーフや人間ごときが俺様に敵うとか思ってんじゃないだろうな」


 鼻で笑うデーウの前でフェンリルが変身を解き、巨大な灰色狼の姿になった。



「「「フェンリル?!」」」

 


「へえ、面白い奴とつるんでるなあ。だが俺の敵じゃねえ」



 ミリアが【ライトランス】を放つと同時にフェンリルがデーウの右手に噛み付いた。


 デーウが左手の爪でフェンリルの背中を抉り、フェンリルを叩き落とした。

 ガンツがデーウの足を狙って斬りつける。デーウがガンツに注視した時を狙い三人で同時に切りかかった。



「ふん、俺にはクワルナフ神の光輪以外は効かん」


 デーウがガンツに向けて両刃刀で斬りつけた。横に転がって避けたガンツの傍からグレンが切りかかった。


 ドワーフやマックスの刀ではデーウに当たっても僅かな切り傷がつくのみ。



「みんな下がって!」


 ミリアはもう一度【ライトランス】を放ったがこれもデーウの身体に傷をつけたのみで終わる。



 フェンリルが再度デーウに飛びかかり左肩に噛み付いた。



『我に向けて放て!』



 ミリアは杖をデーウに向け、自身の魔力の全てをかけて生まれて初めて詠唱した。



  光よ、裁かれぬ敵に裁きを

  【ジャッジメント・レイ】



 眩い光が金から白に変わり杖の先からデーウに向けて放たれた。


 デーウの胸に当たった光は身体の中から四方に飛び散り、デーウと噛み付いていたフェンリルを金色に光らせた。

『ぐわぁ』と言う断末魔を最後にデーウはサラサラと黒い砂になり消滅していった。



 ミリアは魔力を使い果たし、膝から崩れ落ちた。


「「「ミイ!」」」「ミリア!」



 バタバタと足音が響きみんながミリアの元に走ってきた。


「みんな、怪我はない? フェンリル、これ・・傷薬を」


『我は問題ない』


 見るとフェンリルの背中の傷は消えて無くなっていた。


 ミリアは魔力回復ポーションを飲み、ホッとして座り込んだ。


「良かった、みんな無事で」



 ノッカーがふわっと現れた。


《隠れててごめんなさい》



 全員が思わず戦闘態勢をとった。


《ひっ!》


「あなたがもう一柱のデーウじゃなければ。フェンリル、彼は本物?」


『ただのノッカーよ。漏らしておるからちと臭うがな』




 その後、ノッカーにヒヒイロカネとジャムを渡して鉱山を後にした。


 鉱山の入り口には多くのドワーフが心配そうな顔で待ち構えていた。


「今日からでも明日からでも採掘出来るぜ」


「「「い、やったー」」」


 大喜びで肩を叩き合う者や小突き合う者、涙を拭いたり笑いあったり・・。



 長老が前に出て来て頭を下げた。


「ガンツ、疑ってすまなんだ」


「それならミイに言ってくれ。こいつがやったんだ、俺達はほんのちいとばかり手伝っただけだしな」



「ミイ、ドワーフの里を救ってくれた事心から感謝する。失礼な態度申し訳なかった」


「とんでもないです。本当に良かったです」




 ミリア達は数日ドワーフの里に留まり鉱山での採掘の様子を観察することになった。


 ガンツは長老に連れて行かれ、ミリアはペリからの連絡を待っている。


 マックスはナナに鉱山に連れて行かれ、ピッケルの使い方から石の見分け方などを教えてもらう事になった。



 夜になり迎えに来たラタトスクに連れられて、再びユグドラシルの樹の元にやって来た。

 ミリアの横には元の姿に戻ったフェンリルが並んでいる。



 ユグドラシルの樹の下でミリアはペリに不老不死の花を渡した。


「ありがとう、傷一つついてない。

やっぱりセリーナとライオ「違います。やったのはデーウ、悪いのもデーウですから」」



 フェンリルは何も言わず座り込んでうたた寝を始めている。



「仇を打てました。光の魔法、教えてくれてありがとうございます」


「本当にセリーナによく似てる。お礼に一つ情報を教えてあげる」


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