第6話 ウォーカーの旅立ち
「兄ちゃん、ほんとに行っちゃうの?」
「ああ、必ず迎えに来るから。約束守って良い子にしてるんだぞ」
ミリアが八歳の時、ウォーカーが孤児院を出ると言い出した。
この国では十一歳から冒険者になれる為、ウォーカーはこれから冒険者ギルドに行き冒険者になると言う。
「兄ちゃん、私も連れてって?」
「十一歳になったらな。そん時必ず迎えに帰ってくる」
「後三年もあるし・・」
「赤ちゃんじゃあるまいし、それ位待てるだろ? シスターの言う事をちゃんと聞く事。暗くなる前に必ず孤児院に帰る事。それから「秘密は守る事」」
「そう、それが一番大事だからな。絶対忘れるなよ」
「うん、分かってる」
孤児院で暮らしたくない訳ではない。
勿論、貧乏な孤児院だから食事もしっかりと食べられる訳ではないし、仕事をしても全て孤児院に渡すので小遣いがあるわけでもない。
ウォーカーが出て行くのは冒険者として一発当てるような夢を追うのではなくミリアを守る為。
(私のせいでごめんね、兄ちゃん)
「これ、持ってって」
ミリアが布で蓋をした小さな壺をウォーカーに手渡した。
「これも作ったのか? どんどん凄くなるな」
「中の薬草はそのまま飲める。水に溶かしたら直ぐ駄目になっちゃうから粉のまま」
「苦いやつな」
「でもよく効くよ」
「ああ、知ってる。これも誰にも言うなよ、例え相手がシスターでも。
病気の子がいても駄目だ、いいな。
いつかこれをみんなに渡せるようにするから我慢だぞ」
「うん、今我慢したらみんなに渡せるようになる・・だよね」
「そうだ、絶対に忘れるな。でないと十一歳になっても連れてかない。で、お前は悪い奴に連れてかれるんだ」
「待ってる、必ず迎えに帰ってきてね」
ウォーカーが僅かな荷物を持って孤児院を出発した。肩には孤児院に来た時に持っていた鞄がかかっている。
「さて、私も仕事しなくちゃ。兄ちゃんに笑われちゃう」
ウォーカーは通い慣れた村を過ぎ、ひたすら歩き続けた。
出発前にシスターから僅かばかりのお金を貰った。
「ウォーカーが今まで働いたお金の一部を取っておいたの。
ここを出て行く子供達には同じようにしてるんだけど、少なくてごめんね」
「ありがとうございます。凄く助かります」
冒険者ギルドのある町はアッシュフォール。そこ行くには子供の足では一週間かかる。
鞄の中にはほんの少し食料が入っているだけだが、何としてでも辿り着かないと・・。
持っているパンを齧り、ただひたすら歩き続けた。夜は野宿していたが、運の良い時には納屋に泊まらせてもらう事ができた。
ありがたい事に一週間雨にならず、無事アッシュフォールの町に着く事ができた。
町は今まで見た事がないほどの人で溢れ、物売りの声や荷馬車が走る車輪の音がいくつも聞こえる。
屋台から漂う肉の焼ける匂いに、一週間碌に食べていなかったウォーカーのお腹が悲鳴を上げた。
(我慢、我慢。まずは顔を洗わないと)
今のウォーカーは、埃まみれでまるで浮浪者のようななりをしている。
町を彷徨いていると広場の中に井戸があり、順番待ちをしている女達の列が見えた。
列の後ろに並んだウォーカーを女達がチラチラと見ていた。
もう直ぐ順番が来るという頃、直ぐ前にいた年配の女性が声をかけた。
「あんた、どうやって水を汲むつもりだい?」
「あっどうしよう、顔を洗いたかったんだけど」
「しょうがないねぇ、なんとかしたげるよ。しかしまあ、まるでスラムから来たみたいな臭いだね」
女性はウォーカーを上から下までジロジロと見て、眉間に皺を寄せた。
「一週間歩いて町まで来たんです。体を洗って服を着替えたいけど、宿屋に泊まるお金はないから顔だけでも洗えたらって」
心配顔なその女性が桶を使わせてくれたので何とか顔を洗う事ができた。
「あんた、ギルドに行くんだろ?」
「はい、この後どっかの陰で着替えたら冒険者ギルドに行きます」
「はぁ、ついといで。そんなに臭くっちゃギルドで直ぐに絡まれちまう。それでなくても可愛い顔してるから気を付けないと」
女性は町の裏にある川のそばに連れて行ってくれた。川の一部が小屋で隠れている。
「ほら、男の子ならそのまんま裸になって川で洗えばいい。恥ずかしけりゃその小屋の中で洗えるけど銅貨一枚かかる。
ここはね、町の住人しか使えないんだ。
今日はあたしと一緒だから良いけど一人の時に使ったのがバレたら捕まるからね」
ウォーカーは躊躇わず裸になってじゃぶじゃぶと川に飛び込んで頭から水をかぶった。
「ひやぁ、冷たい!」
「はっはっは、豪快な子だねぇ。しっかり洗いな、あの臭いは少々じゃ消えないだろうさ」
親切な女性が見守る中できる限り急いでウォーカーは全身を洗った。
鞄の中からこの時のために取っておいた清潔な服を着て、女性にお礼を言った。
「じゃあ、どっかで会ったら声掛けな。元気でね」
「ありがとうございましたぁ!」
幸先の良い出だしに感謝で一杯のウォーカーだった。
(さぁ、ギルドに行くぞ!)
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