第2話 殿下の予定

 ガチャリとこれ見よがしに大きな音を立てて鍵があき、開いたドアからネイサンとライラが護衛を伴い入ってきた。



 立ったままちょこんと膝を曲げただけのミリアは無表情で来訪者達に対峙した。



「ミリア、住み心地はどうだ?」


「ありがとうございます。まだ感想をお伝えできる程ここには住んでおりませんので」


「ふん、まあいい。貴様に良い話を持ってきてやった、聞きたいか?」


「・・」


「明日ここに道具を運んでやろう。

貴様の罪を償えるだけの量、薬を作り終えれば自由の身にしてやる。

それが貴様の慰謝料の支払いという訳だ」


「このような場所に道具を? それは随分とご苦労な事でございます」



「意地を張っていられるのも今のうちだ。気の強い貴様が何日で音を上げるか楽しみにしている」


「それでは、一日でも長く楽しんで頂けるよう努力させて頂きます」


すっぱいブドウ負け惜しみの意と言うやつか?」



「ミリア、あなたがあんな薬を調合しなければこんな事にはならなかったのにね。

毒薬なんて本当に馬鹿げた事を・・クスクス」



「確かにあの薬にはサルファーが入っておりますが、今まで何人もの薬師が同じ配合で何度も殿下に処方させて頂いたお薬でございます。

しかも飲み薬ではなく塗り薬で、容器にもその旨明記してございます」



「ライラ、気付いたか?」


 ニヤつくネイサン。


「いいえ、何も」


 くすくす笑うライラ。


「やはり貴様の言葉は嘘偽りという訳だな」


(最悪、変な演劇見せられてるみたいでキモい)



「元平民の作った薬なんかを、高貴なネイサンに処方するなど許せませんわ」



(結局元平民なのが気に入らないのよね。私は貴族にならされたのが気に入らなかったけど)



「良い事を教えてやろう。貴様が抜けた代わりにこのライラを薬師として登用する事に決まった」


「まあ、それはおめでとうございます」



 ライラも確かに薬を作る事は出来るが、頑張って中級のポーション程度。

 王宮所属の薬師になるには実力不足だがネイサンのゴリ押しがあったのだと思われた。



「ふん、すかした顔して。さっさとそのドレスを脱ぎなさいよ! ドレスもアクセサリーも私が貰ってあげるわ。どうせ薬師の給料で買ったのでしょう?」


「先程慰謝料の代わりに薬を所望されましたが、身ぐるみ剥いで行かれると?」


「慰謝料の一部にしてやるって言ってるのよ。ありがたく思いなさい」



 ミリアはニッコリ笑ってライラに返事を返した。


「お断りさせていただきます」



 今日のミリアのドレスはレースや刺繍がふんだんに使われた非常に高価な品。

 アクセサリーは帝国からの輸入品で、使われている宝石のクオリティはジェムクオリティと呼ばれる最上級の物ばかり。


 この様な繊細な造形の物はローデリア王国ではまだ誰も作ることができない。



「ネイサン、何とか言って。あんな勝手な事ばかり言わせては駄目よ」


「まあ、直ぐに音を上げるから少し待てば手に入るさ」



 ドレスや宝石の価値が分からないネイサンが呑気な返事をした為、ライラはミリアを射殺いころさんばかりに睨みつけた。





 騒がしかったネイサン達が帰って静かになった部屋で、ミリアはほっと一息ついた。


(そう言えばチェストの中身)



 チェストの中には着替えとタオル、ランプのオイルと蝋燭などが入っていた。



 早速着替えを出し衝立の陰で着替えをしはじめたミリアだが、背中にあるコルセットの紐に一苦労。

 着替え終わった頃にはすっかり疲れ果ててそのままベッドで眠ってしまった。





 翌朝早い時間からガタゴトと音がして、錬金術の道具が運び込まれた。


 すり鉢や摺こぎ・各種鍋・ランプ・大小様々な瓶・・。大きな道具もあったが一番大変だったのは水だろう。


 騎士団が最後に材料となる薬草などを運んできた時には、彼らが一体何往復したのか想像もできない程だった。


 広いと思っていた部屋が一気に狭くなった。


(こんな物を運ばれてもねぇ)



「ご苦労様です」



 ひどく疲れている騎士団員達に声をかけると吃驚した顔をされた。


「ちょっと待っててもらえるかしら」


 ミリアは運ばれて来た荷物から必要な薬草を探し出し、大急ぎで回復ポーションを作った。


「回復ポーションをどうぞ。ここで飲んでいって下さいな。

でも、不安な方は無理しないでね」



 騎士達は顔を見合わせていたが、一人の騎士が出てきてポーションを手に取った。


 残りの騎士達が固唾を飲んで見守る中、


  『ゴクリ』


 ポーションを飲んだ途端青ざめていた顔色が一気に肌色に戻り周りの騎士が騒めきはじめた。



「凄い! 何だこれは・・。

おい、みんなも飲んでみろよ」


 全員が恐る恐るポーションを飲み、満面の笑みでミリアを見つめた。


「ありがとうございます。お陰ですっかり回復しました」



「内緒にしておいてね」


「「「勿論です!」」」



 その後硬くなったパンと薄いスープ粗末な朝食が届けられたが、その横にはみずみずしく爽やかな香りのオレンジが添えられていた。


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