第43話 一人の少女の願い

 事情聴取を受けたり、待平の件で学校が休みになったり、色々と起伏きふくの激しい一週間が過ぎた。その間にいくつか分かったことがある。

 まず、待平が例の連続失踪事件の犯人だと警察に自供じきょうした。界斗や笠根が捕らえられたあのアパートは、全ての部屋を彼が貸切っており、アパートの地下通路には、これまで行方不明になっていた少女たちの死体が転がっていたそうだ。警察が彼を問い詰めたところ、あっさりと罪を認めたという。

 また、笠根が反りの合わない待平にどうしてついていったのか、その理由だが、「怪我けがをした界斗を家で看病かんびょうしている。一緒に来てくれないか」と待平に言われたかららしい。よく考えると、なぜ界斗の看病を彼の家族ではなく待平がしているのか、どうして看病をしているはずの待平が平気で外出しているのかとか、色々とおかしな点はあるのだが、界斗が怪我をしたと聞いて気が動転した笠根はそのことに気づかず、待平の言うことを信じてしまった。実際にアパートで界斗の姿を見たときに彼女が真っ先に駆け寄ってきて界斗の全身をくまなく調べていたのも、待平から怪我をしていると聞かされていたためだったというわけだ。待平自身もまさか本当に界斗がれるとは思っていなかったらしいが……。

 そして今、界斗と佐久間と天使と悪魔、美衣香の五人が、佐久間の部屋に集まっていた。

 場所が佐久間の部屋なのは、集合をかけたのが彼女だからである。

 ちなみに、彼女がどうして彼らをこの場に呼んだのか、界斗はその理由を聞かされていない。

 悪魔はすでに理由を聞いているようで(ていうか悪魔は佐久間の家で寝泊まりしているらしい)、美衣香をこの場に呼んだのは悪魔の提案らしい。

「さて、私たちの未来を決める話し合いを始めましょうか」

 佐久間はそう切り出した。口調に重々しさは微塵みじんも感じられない。

「すでにあっくん――あ、彼のことね――と話し合って彼の了承は得ているの。あとは天使さん――何と呼べばいい? あんちゃん? 了解――杏ちゃんとそのパートナーの界斗くん、そして、神様の了承が得られればと思ってる」

 神様――その言葉を彼女が口にしたとき、彼女は美衣香に目をやった。

「え? ……まさか、美衣香ちゃんが神様?」

「ええ、そうよ。――ですよね、神様」

 佐久間に話を振られた美衣香は、一度ゆっくりとまばたきをしてから、

「そうじゃ」

 淡々とそう答えた。

「正確には、美衣香の体を借りているということになるがな。ところで、いつわれが神だと気づいた」

 佐久間は、隣に座る悪魔に返答をゆず仕草しぐさをした。

「あんたの正体を疑うきっかけになったのは、警察を呼ばないほうがいいとあんたが言ったことだ。確かにあんたの言うように警察の介入によって犯人が刺激される可能性もあるが、それでも警察はプロだ。犯人を刺激しないように隠密に行動することもできたはずだし、通報すれば何かしらのアドバイスなどをもらえたはず。にもかかわらずあんたは警察の介入をこばんだ。そこで俺は思ったわけだ。あんたは何らかの理由で警察を呼ばれたくないんだなって」

 警察に関する知識は、この世界に飛ばされてくる際に神から悪魔に与えられていた。まさか神もその知識がこうして自らの正体をバラす材料になるとは思いもしなかっただろう。――いや、これすらも神の思い通りということなのだろうか。

「始めは待平との繋がりを考えたが、どうにもしっくりこない。そこで別の視点で考えてみた。あんたは警察の介入を阻止そしすることで、俺たちに試練を与えたかったんじゃないかってな」

 美衣香、もとい神は何も言わない。

「それに、やけに界斗の居場所に向かうまでは積極的だったあんたが、実際の救出の際にはサポート役にてっしようとしたのも不思議に思えた。ひょっとすると何か直接手を出せないような立場にいる人間――いや、たかが十歳程度の人間の娘にそんな事情があるはずもない。となると、あんたの正体は人間なんかじゃなくて、だったら何者かって話になる。それで思ったんだ。このゲームの言い出しっぺである神なら、俺と天使の戦いを間近で見たいと考えるんじゃないかって。――警察を呼ばずに俺たちに試練を与え、ゲームをより楽しいものにする。あんたならやりそうなことだ」

 天使は無表情に悪魔の顔を見つめている。彼女が美衣香の正体に気づいていたのか、その顔からは分からない。

「あんたが神だと考えたら、色々なことに辻褄つじつまがあった。あんたの性格がやけに大人びていたり、あとはそうだ、――あんた、待平と笠根の後をつける界斗を見て、悪い人に界斗が連れていかれた、なんて言い間違いをしたって、俺たちに事情を話すときに政也がそう言ってたよな。あのとき俺は《普通そんな言い間違いしないだろ》と思ったわけだが、あれも失踪事件と結び付けて考えさせ、政也たちを積極的にゲームに参加させるための仕掛けだったんだろ。俺や佐久間が政也たちと合流することも、天使と一緒にいた伊予が界斗の自転車を見つけて現場に駆けつけることも、神であるあんたには分かっていたのかもしれない。……くっくっく、俺も天使も全部あんたの思い通りに動いちまったのはしゃくだったとしか言いようがない」

 悪魔の話を聞き終えた神は、ゆっくりと両手を持ち上げて、

「素晴らしい!」

 ぱちぱちと拍手した。

「いや~、まさかそこまで見られているとは思わんかった。すごいぞ悪魔、我は今の推理劇とても楽しませてもろうたわ。ただな――」

 神はそこで神秘的な笑みを浮かべると、

「我にも未来は分からぬよ」

 神は拍手を止めて、その両手を正座したひざの上に置く。

「悪魔と佐久間が我らと合流できるかも、伊予と天使が現場に駆けつけるかも、我には分からなかった。……ただ、そうであってほしいとは思った。お主たちも見たじゃろう。みなが界斗のために命を懸けて戦おうとする気高き姿を。あの光景は我が意図して作り出せるようなものではない。もっと尊いものじゃ。――お主もそうは思わぬか」

 神は界斗に問う。

「……そうですね、僕が今ここにいることができるのは、助けてくれたみんなのおかげです。――もちろん、杏ちゃんやあっくん、それに神様のおかげでもあります」

 神は目をぱちくりとさせた。

 そんなに意外なことを言ったつもりはないのだけれど――と界斗は思いながら、言葉を続けた。

「神様が待平の部屋を佐久間に伝えなければ、僕は殺されていました。

 神様が田辺に待平を追跡するよう言わなければ、僕は誰にも見つけてもらえないまま殺されていました。

 神様が失踪事件のことを言い出さなければ、誰も事件性じけんせいを疑うことなく僕は殺されていました。

 ――ほら、神様のおかげですよね」

 神は何も言わなかった。

 穏やかな笑みを浮かべ、ほんのちょっぴり頬を赤く染めていた。

 界斗は佐久間に話を振る。

「で、この話し合いの主題は?」

 それを聞いた彼女は、曇りのない天使みたいな笑みを浮かべて、こう言った。

「友達同士の喧嘩けんかを止めさせるにはどうするか」

 ああ、それは大切な議題だなと、彼は思った。

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